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第4話
それから毎日、気が滅入るほど同じ日々が続いた。朝起きて仕事へ行き、帰って寝る。それを繰り返すだけの日々。それが悪いことではないのを知っていたから、肉体的な疲労以外に別段何を思うでもなかった。校内で彼を見かけることも勿論あったが、だからといって特別なやりとりがあるわけでもなく、ひたすらに淡々とした日常が続いた。
今朝は早くから雑務に追われ、それが一段落すると今度は怪我人や病人が引っ切り無しに訪れてまともに休む暇もなかった。放課後になりようやく一息ついて、煙草を吸おうと屋上を目指せば、道すがら廊下の窓にぽつりぽつりと雨粒が触れた。雨では屋上で煙草を吸うこともできない。保健室へ引き返し、帰り支度を整える。きっと今日はついていない日、こんな日はさっさと帰ってしまうのが良い。折り畳み傘を開いて校門を抜ける。駅に向かうに連れて雨脚が強まった。濡れずに帰るのはどうやら無理があるらしい。
ようやくマンションに到着し、自宅の扉の前で今日何度目か知らないため息を深々と吐き出した。結局、土砂降りになってしまい傘はほとんど意味をなさず、薄手のワイシャツと、スラックスと靴の中まで、全身余すところなくずぶ濡れになってしまった。濡れた手の水気を払い鞄を探って鍵を取り出し、扉を開け中に入り、閉める。しかし閉まらなかった。ドアノブを握った手が、まるで何者かに引っ張られているような感覚があった。何か引っ掛けてしまったのだろうかと振り返った瞬間はじめて、背後に立つ巨大な男の存在に気が付いた。片手で扉を押さえ、黒いフードを目深に被ったその中は窺い知れない。力ではとても敵いそうになかった。得も言われぬ恐怖に、声にならない悲鳴が喉を掠める。それでも何か抵抗を、そう思ったときには既に遅かった。男は自身の身体を私ごと玄関へ押し込み、後ろ手に勢いよく扉を閉めた。
心臓がきつく収縮する。絶望と恐怖が一瞬の内に頭から爪先までを侵食し、全身を硬直させたまま男の次の動きを待つほかなかった。男は、ぶおん、と空を切る音と共に激しく頭を揺らし、被っていたフードを取り去り、持ち上げられた腕に咄嗟に目を閉じ息を止めた。殺される、そう覚悟した。けれど男からの次の反応はなく、私はゆっくりと(恐る恐る、何度も細かい瞬きをした)目を開ければ、見覚えのあるその顔に一気に身体の緊張は解けていった。
「久留須くん………!」
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