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第10話
胸の上で揺れる金髪に触れる。蛇のような艶めかしい瞳が私を射抜き、そして精神を躰ごと支配されていく。それだけで眩暈がして腹の奥がどうしようもなく熱くなった。このまま彼に抱かれてしまいたい。確かにそう感じた。それは紛れもない事実だった。熱い舌と固い指先、触れているのはそのふたつしかないのに、彼から与えられる快楽をまるで昔から知っているかのように、はしたなくも躰は期待に溢れていた。
「ああっ!」
平たい胸の頂きを甘噛みされ、情欲に濡れた声が漏れる。彼の頭を掻き抱き、ゆるりと襲い来るであろう甘い刺激を予感して全身が打ち震えた。このまま犯されてしまいたい。吐息と共に思わずそんなことまで漏らしてしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。
「久留須くん………」
努めて長く息を吐き、彼の屈強な肩を必死に押し返すと、卑猥な音をたて私を愛撫していた彼が予想外にも(それは寂しさを感じてしまうほどに)あっさりと離れたことに拍子抜けしつつ安堵した。彼は私に馬乗りになったまま、こちらの様子をじっくりと観察するように見つめている。それを真正面から受け止め、しっかりと視線を重ねた。
「もしかすると、確証はないけれど本当にもしかしたら、確かにあなたの言うとおりなのかも知れない。それを否定するつもりはありません。だけど、それだけの理由であなたは私を抱けるの?」
彼は薄く眉を顰める。
「私はたったそれだけの理由で、あなたに抱かれるなんてまっぴらです」
私は、私の持ち得るだけの言葉を彼に贈った。観念した。それが正しく彼に伝わっているかは分からない。しかし彼は賢かった。乾きかけの金髪をかき上げると口の端を上手に持ち上げ、目を細めてまるで意地悪く微笑んだ。彼は私の言葉の意味を恐らく正確に汲み取って、色のない唇をゆっくりと動かした。
「それだけじゃない理由が必要なら、あんたにあげることもできる」
そして彼は私に覆いかぶさり、好きだよ、と囁いた。そんな口先だけの言葉、三十歳を目前にした私に信じろとでも言うのだろうか。 恋だの愛だの好きだの嫌いだの、そういうものすべて、今の私には遠くて尊くて、そしてあまりに愚かしい。そんな一瞬のことに自ら溺れにいくなんて、それも生徒である彼に。
それでも、しかし私は目を閉じた。そして彼の指先と呼吸に集中し、彼の言葉を何度も何度も反芻した。好きだよ、なんて、そんな陳腐な言葉。馬鹿馬鹿しい。けれど私は信じたいのだ。遊びを覚える前の愚かな生娘のように、縋りたいのだ。たった、この一瞬だけでも、信じたい、信じたい。信じたいのだ。
「好きだ」
再び、今度はねっとりと色を持った彼の声は、鋭い刃物のように私の心臓をひと突きした。
彼は私の手を取ると、浴室同様、場所を教えてもいないのに迷いなく私を寝室へ誘い、まるで女性を扱うように優しくベッドに押し倒した。カーテンの引かれていない窓から、夜の街の淡い灯りが入り込んでくる。息つく暇も余裕もない乱暴なキスを交わしながら、彼の手によって一枚一枚衣服を剥ぎ取られ、下着までをもひと息に取り払われて、彼の分厚い指輪が素肌に触れるたび、その無機質な冷たさに身体が跳ねた。肩から腕、胸、腰から太腿と丁寧に指がなぞり、ゆっくりと上体を起こした彼が私の裸体をじっくりと眺める。恥ずかしくて目を瞑ってしまいたいのに、薄明りに照らされた彼が美しくて目を逸らすことなんて出来なかった。
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