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第14話

 彼は私の手からプラスチックのフォークを奪うと、パサパサに乾いた甘ったるいスポンジとチョコレートクリームをたっぷり掬って私の口元に運び、私はそれに躊躇いなく喰らいついた。洋酒の香りが広がって、彼は嬉しそうに微笑んで、飛び上がりたいほどに胸は高鳴った。 「美味い?」 「美味しい………でも、チーズケーキの方が好き」  言うと彼は笑って「そう、覚えておく」と約束した。  彼はとても穏やかだ。勝手に部屋へ押し入ったあの勢いは何処へ消えてしまったのか。まるで別人で、けれどどちらも魅力に溢れていた。 「久留須くんは? 何か嫌いなものはある?」  なぜ、わざわざ「嫌いなもの」を訊ねたのか。それはほぼ無意識に近かったけれど、彼の嫌いなものには間違ってもなるまいと考えたに違いない。前もって把握しておけば、彼に不快を与えずに、そして仮そめでも「彼に愛される私」を守れるに違いない。面倒で、薄暗く湿った考えだ。とても利口とは思えない。  しかし彼はそれに訝しむ様子もなく、オンナ、とさらりと言ってのけた。束の間、何を言われたのかと耳を疑う。私は少なからず衝撃を受けたし、返事にも困った。 「だから、嫌いなの。オンナ」  気持ち悪い、と彼は吐き捨てる。 「………女性が、嫌いなんですか」 「嫌い。臭くて汚くて、気持ち悪い」 「……………………」  その言葉に怨讐を滲ませて、彼は忌々し気に顔を歪めた。  今までの彼の人生に女性絡みの事案があったのは、彼の様子を見ると誰の目にも明らかで、それに気付くと私はどうしてか、心の底からあからさまに安堵した。いや、歓喜したと言うほうが正しい。  目の前に佇む魅力的に輝く男の性の対象は女ではなく男で、そしてまさしく私は男であって、己惚れた見解だと嘲笑ってくれて構わないが、私はそこらの男より外見が優れている自信があった。女には劣ったとしても(しかし実際に劣っているなどこれっぽちも感じたことはない)、どの男にも勝る自信はある。  包み隠さず低俗的な言い方をしてしまうと、私ならこの男を手に入れられる、この男を手に入れることは私だけに与えられた権利なのだと、そんなことを考えた。そして次の瞬間には、他人を貶めるようなことを考えてしまった自分に恐ろしさを感じた。喉から手が出るほどこの男が欲しい、他人を蹴落としてでも手に入れなければ、そう考えた自分がいたことに驚くより、自らですら知り得ない己の存在に恐怖した。  経験したことのない渇望。奥底に眠る本能が、彼を手に入れようとうるさく騒ぎ立てた。それを抑えようにも、きっと近い将来本能に押し潰される自分が容易に想像できた。だからもう、抑えることなど馬鹿馬鹿しいのだ。この男は男が好きで、私は男で、誰にも劣らぬ(しかし彼にだけは劣ってしまうかも知れない)美貌も器量も持ち合わせている。彼が私を選ぶのは、当然のことなのだ。  隣に腰かける彼に擦り寄り指を絡めて、肩同士が触れあい視線を上げるとどちらからともなく唇を重ねた。たったそれだけのこと。それだけのことなのに、まるで初めての行為のように胸が高鳴った。彼が私の下唇を甘く噛み、誘うように舌を吸われる。  時刻は午後十一時を回った頃。これほど朝が来なければいいと願った夜はない。このまま彼とふたりで過ごしていられたらいいのに。熱い口付けに溺れながら、そんな叶うはずのない祈りを捧げた。  彼は私の肩を撫で、手を取り、そのまま自らの股間に触れさせた。布越しでもわかるほど熱く蒸れ固くなったそれに、腹の奥が切なく鳴いて咥内に生唾が溢れた。 「続き、したくなった?」  息を荒くしながら訊ねる彼に向けて、私は片方の口角だけをあげて微笑んだ。 「………なんて、答えて欲しい?」  彼が束の間瞠目したけれど、すぐに取り繕った微笑みを返すと、 「いい返事しか聞きたくない」  と答えて、私を寝室へと促した。

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