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第21話
「暇つぶしで抱いたつもりなんてない」
彼は瞬きもなく私を見つめる。鼻の奥が酸っぱくなった。どんなに言い訳を並べても、私は彼を信じて縋って手放したくない。肉体ごと精神も、彼の全てが欲しいのだ。
「本気ですか」
この期に及んでまだそんなことを言うのかと、彼は苦笑する。
「嘘だと思う?」
私は首を横に振った。
「思わない」
彼は目を細めて微笑む。
「思いたくない」
丸ごと手放しで、彼を信じてしまいたい。そうするしかなかった。
彼が私にキスをして抱き締めた。嬉しい。嬉しい嬉しい。瞬く間に気分は高揚し、心はまるで幼子のように無邪気にはしゃいだ。同性同士であるとか、彼が私の勤める高校の生徒であるとか、そういった垣根と言われるものなんて迷いを振り切ってしまった今、微塵も気にならなかった。隙間なく寄り添い合うパズルのピースみたいに、私たちはそうあるべきだときっとずっと前から決まっていたのだ。そう確信してしまうくらい、すべてがあまりにぴったりだった。求めあった部分がぴたりと符合し、身も心もあますところなく互いに溶け合った気がした。
「そう、嬉しいなら良かった」
月明りを背負いながら笑みを零す彼は、私よりもいくらも年下のはずなのに、甘え縋りたいほど大きく頼もしく見えた。
私たちは浴室で再び互いを求めあい、私はこれ見よがしに気持ちよく感じてみせて、熱くいきり立った彼のものが遠慮もせずに我が物顔で蕾の中の肉壁を押し広げた。
まるで蛇岐そのものみたい。そんなことを思う。浴室や寝室の場所も、シャワーの扱い方とシャンプーとリンスの入れ物の違いも、テレビのリモコンの場所、私のいつもの定位置を堂々と陣取る姿や、冷蔵庫に入れておいたミネラルウォーターだって、まるで全て自分のものみたいに(もしくはふたりのものみたいに)彼にとっては全て当たり前だった。彼は不思議な男だった。隙間だらけで空っぽだった私をひとつひとつ埋めていくような、長い年月を経てようやくあるべき姿に戻っていくようで、間違いなく私には、彼が必要だったのだ。
開けっ放しのシャワーから流れる湯がタイルを跳ね、その音に紛れて嬌声が響く。彼の荒い息が一瞬詰まり、ふたり同時に熱を放った。
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