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第24話

 腹の底が熱く煮えたぎり、それまで可愛らしい生徒だった皆元に、憎しみにも似た感情が芽生えた。拳を握り怒りを鎮めようと必死になったけれど、しかし皆元が私を見やり、視線が重なったその瞬間、柔らかく微笑む蛇岐の表情が脳裏を過ぎった。私の、大切な蛇岐だ。 「あなたは随分と、久留須くんを悪く言うんですね」  気が付いたときにはそう口走っていた。それと同時に、校舎内に予鈴が鳴り響く。皆元は大きな瞳を更に大きく見開いて、酷く傷ついたような顔をした。恐らく私は大人げない失言をしてしまったのだろう。しかし口にしてしまったものは取り消せないし、自らの発言に後悔もしたくなかった。  皆元は目の端を真っ赤にすると、何も言わずに校舎の中へ駆けて行った。他の生徒たちに私の発言を触れ回るだろうか。それによって蛇岐に迷惑を与えないだろうか。そこから解れて、関係が明らかになってしまうだろうか。  しばらくそのことについて気を揉んでいたけれど、考えたところで名案なども特に浮かばず、さっさとデスクへ戻り仕事を再開した。こういう場合に臨時職員というのは都合がいい。不穏な噂が流れても、臨時採用期間中をなんとか耐え忍べばいいのだから。彼への侮蔑の言葉を前に、私の懸念なんて些細なものだ。子どもの発言であろうと気に喰わない。許せなかった。  がらりと目の前の引き戸がノックもなしに開かれ咄嗟に顔を上げると、金髪を揺らした蛇岐が黙って入室し、私を見てにこりと微笑んだ。私の中のすべての細胞が、わっと声をあげて喜んだ気がした。あんなことを言われてしまった後だ。どうしようもなく彼に会いたかった。 「どうしたんですか、突然。授業は?」  まさか皆元に何か不用意な発言をされてしまったのではと危惧したけれど、幸いにもそんな様子は見受けられない。 「うん、すぐに戻るけど」  彼はデスクの上の私の手に触れ、指を絡めた。少年は、たちまち男の顔になる。 「雛菊」  艶のある声に、腹の奥が湿って熱くなる。彼は目を細めて、その顔、と言った。 「気を付けなきゃだめだ。雛菊は顔に出やすい」  何が、とは聞かなかった。聞かずともわかっていた。こんな表情にさせる原因は、彼しかいない。それが原因で今まさに少しややこしい事態を招きそうだけれど、そのことを彼には伝えなかった。 「気を付けます、あなたが言うなら」 「うん。………今夜、家に行っていい? 何時になるか分からないけど」  その申し出に私は何度も頷いた。人生で初めて恋人ができた頃のように、馬鹿みたいに浮かれていた。 「それじゃあ、教室戻るから、雛菊もその顔引き締めて。いつもみたいに冷たい顔してて」  え、と呆けた声が出る。 「冷たいですか? いつも」  彼は肩を竦めて、面白そうに笑った。 「美人の真顔は冷たい」  そして彼は、大きな手を空中でひらひらと泳がせると、そのまま静かに去って行った。

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