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第27話

 夕食の献立は悩みに悩んで、結局思いつく限りのものを手あたり次第に作った。食の好みは知らないけれど、作り過ぎてしまった大量の料理を彼は何度も美味しいと言いながら瞬く間に平らげてしまった。取り留めのない会話をしながら(本当に下らないこと。帰宅途中の犬の話だとか、最近見た映画、物理教師の話、本屋のレジの横にあるサクランボガムだとか)ふたりで食べる夕食は、かつての恋人たちと食べたどんな料理よりも美味しかった。 「本当に毎日コンビニだけで済ませてるの?」  あっという間に空になった食器を下げながら聞けば、気を利かせてテーブルを拭いてくれていた彼が「うん」と返事した。不健康に偏った食事だけでここまで立派な体躯を作り上げたと言うのだから、まともな食生活をすればこの肉体にもっと磨きがかかるのだろうかと少しばかり気になった。加減を間違えれば抱き潰されてしまいそうだけど、そのくらい強い方がいい。 「十代の頃は月に二、三回は食事に連れて行って貰ってたけど」 「誰に」  彼から発せられた言葉に過敏になり、思わず間髪入れずに聞き返した。彼はすぐさま「バイト先の上司」と付け足して、何事もなかったように話を続けた。 「だけど最近は全然、行ってない」 「………そうなんだ、どうして」  何気なく訊ねたつもりだったのに、言葉尻は少しばかり棘のあるものになってしまった。なんでだろうな、と彼はぽつりと呟いた。それだってとりとめのない会話だろうに、これ以上訊いてはいけない気がして(或いは、それ以上は聞きたくなくて)私は静かに口を閉ざした。何か違う話題を、と脳内を引っ繰り返して会話の糸口を探したけれど、長い沈黙は続くだけだった。 「そういえば」  気まずくなり兼ねない空気を恐れて、私はまるで思い出したかように口を開いた。彼と過ごす時間はいつだって素晴らしいものであって欲しかったから、ほんの少しの雰囲気の淀みでさえ、私には耐えがたいものだった。 「バイトって? なにしてるの?」  テーブルを拭き終えた彼は布巾を私に手渡すと、換気扇を回してポケットから煙草を取り出した。 「肉体労働」  彼はあらかじめ答えを用意していたかのように、少しの間も置かずに即答した。しかし私の求めているものとは違う、明確な答えを避けているのが手に取るように分かった。途端に気分が落ち込んでしまう。彼は私に秘密を持とうとしているのだ。  ちらと蛇岐を盗み見る。無言で煙草を吹かしている。私の質問に充分な答えを用意したつもりで、何食わぬ顔で佇んでいる。 (それでもいい)  そう言い聞かせた。それでいいのだ。きっとそれは私たちにとっては取るに足らないこと。詳細を知る必要も、気に病む必要もない。だけどそれでいい。彼さえ手に入ればそれでいいのだ。好奇心なんて、死んでしまえ。  不意に視線が絡むとすぐさま唇は下りてきて、合わさると同時に煙草がきつく香った。私は彼を知らない。知っているのは顔と名前と煙草の銘柄、どんな声で私を呼んで、どういうセックスをするのか、たったそれだけ。しかしそれでいいのだ。彼が暴かれることを望んでいないのに、それを無理やり暴くなんてナンセンスだ。 「………ベッド、行く?」  既に彼の手は私の肌に触れている。小さく頷くと優しく腕を引かれた。寝室に向かいながら、これからの行為を思い浮かべた。彼に組み敷かれて、あられもない姿で身悶えて、淫猥に乱れ、身体中の細胞すべてが潤いに満たされるだろう。それ以上に望むものなどない。好奇心なんて、死んでしまえ。

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