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第28話

 土曜の朝。  目が覚めたのは午前十時をすっかり回った頃だった。休日前だからと昨夜は思う存分もみくちゃに絡み合った。頭まですっぽり布団を被って薄暗闇の中でお互いの肌に触れたり、長い時間をかけてキスをしたり、彼は私の身体を気遣ったのか挿入は一度のみだったのに、それでも窓の外が白み始めるまで私たちは互いの存在そのものを、まるでフレンチのフルコースを味わうみたいに堪能した。  寝る前に彼の耳にぶら下がったピアスを外したのは私で、少しでも雑に扱ってしまうと彼の耳ごと千切れてしまうのではないかと、必要以上に慎重になってそれを扱った。彼はそれを文句も言わずに見守って、すべてを外し終えると褒めてくれるように顔中にキスを落とした。なんて満ち足りた幸福な時間だろうか。  ほんの少し顔を上げれば目の前には彼の安らかで清潔な寝顔があって、裸のままの互いの素肌を密着させて擦り寄れば、すかさず逞しい腕が私を包み込んだ。 「そろそろ起きる?」 「………もう少し」  彼は目を閉じたまま私の身体をまさぐって、指先が敏感な箇所に触れるたび私もいちいち過剰な反応を示した。このペースでは本当に抱き潰されて乾涸びてしまいそうだ。  いよいよ彼の手が明確な意思を持ち動き始めた頃、ベッドの脇に置いていた彼の携帯が振動し、電話、と私が呟くよりも早く彼は飛び起き、つい先程まで寝ていたとは思えないほど俊敏に、且つはっきりとした声色と意識で対応した。そして私のことなど忘れてしまったかのように、振り向くことなく寝室を出て行って更には扉まで閉められ、私はそれを呆然と見守るほかなかった。  壁の向こうに彼の声を聞きながら、液晶に映し出されていた名前を無意識に反芻した。 (獅子雄………)  友人だろうか(しかし私の記憶が正しければ、学校にはそんな名前の生徒はいなかったはずだ。校外の友人という可能性は大いにあるが)それとも彼の言う「バイト先」の上司だろうか。そうでなければ、何なのだろうか。 (し、し、お………)  苗字だろうか、名前だろうか。脳に直接刻み込むように何度も頭の中で繰り返す。まったくもって気に入らない。 (し、し、お………)  三回、四回と繰り返していると、寝室の扉が開いて蛇岐が現れた。すっかり目が覚めたようだ。 「…………………」  無言で彼を見つめる。その視線に気づいて、彼はすぐさまこちらへ近付くと私の手の甲へ唇をおとした。 「どうした? 不機嫌そうな顔して」 「………電話、誰でした?」  彼の嫌いな「オンナ」みたいなことを言っていると気付いたけれど、口に出してしまってはもう遅い。咄嗟にその口を噤んだところで、取り繕えるものでもなかった。狭量な男と思われただろうか、不安は違う方向へも飛び火する。それでも黙って返事を待てば、彼は躊躇う様子もなく、ああ、と返事した。 「仕事の話」  仕事の話。彼が私に隠した、バイトの話。 「大きいのがひとつ片付いたから、しばらく休んでいいって」 「大きいの?」 「うん、大きいの」  仕事のことに関して、彼は必ず名言を避ける。いつもあやふやで曖昧で、それ以上を決して口外しない。  私たちの付き合いは性的なことを除けばまるで子供じみていて(性的な行為が大人と言えるのかは置いておいて)ただの口約束である「恋人の契り」を馬鹿みたいに信じきって、互いの暮らしや家があるにも関わらず、ここでだらだらと半同棲のようなものを続けてしまっている。これがもしどちらかが年頃の女性ならば、親は怒り狂うに違いない。ただ生憎どちらも男で、親元を離れ自立して(しまって)いるので、残念ながら私たちの中途半端な付き合い方に制止をかけるものはいない。だからこうやって、互いのことを碌に知りもしないのに離れられずにいる、少なくとも私は。

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