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10年に至るまでの健やかな日々編 2 不必要なもの

「あらぁ、好評だったの? それはよかったわ」 「うん。ありがとー」  今、昼間は倉庫で働いている。  前のところは辞めた。別に辞めなくてもよかったのかもしれないけれど、俺も、そして一誠のお兄さんもイヤな気持ちになってしまうだろうから。  仕事はすぐに見つかった。  前にやっていたのと似たような仕事だ。通販で注文があった商品を指定の棚に取りに行き、梱包の部屋へと運ぶ仕事。通販にまつわるこういう仕事はなくならないんだ。今のご時世、通販が買い物の主流だから。  だって、アルファ、ベータ、オメガ、この三つの性のうち、オメガ、特に番のいないオメガは一定期間誰とも合わない時期がある。「発情期」ってやつ。これはどうにもならない生理現象だからさ。止められないし、避けられない。薬で抑制できるけれど、薬が効かない奴もいれば、薬を飲むタイミングを図れなくて発情期になってしまう奴もいる。  番がいればマシだけど、番がもしもいなかったら最悪だ。  部屋から一歩も出ちゃいけないから。あの蜜香をさせながらなんて外をほっつけ歩けない。ちゃんとした企業ならオメガに一定期間の有給を与えることを義務づけたりしてる。そのくらい外に出ちゃいけない。そんな時に必要なものを買えて、家までそれが届く通販は便利だから。 「トウ君も気に入ってくれたんならよかったわ」 「……」 「今度はうちの故郷でよく食べられる朝食メニュー作ってあげるわよ」 「え、いいよ。悪いって」  この人はオメガだ。 「井上さんのお金減っちゃうじゃん」  井上さんっていう、女の人。もう六十近いのにすごい力持ちで、俺でも持てないようなでかい商品を軽々と担いでしまう。そのことに俺がすごく驚いて「すげぇ」って呟いたら、たくさん笑ってた。そんな細腰の美人さんは筋トレしないとねって、大笑いされた。 「いいのよ、別に、いつも一人分じゃやり甲斐がなくて」  でも、番はいない。 「けどっ」 「とっても美味しいから、お相手と一緒に食べてね? タッパ、綺麗に洗ってくれてありがとうね」  番は見つけたらしいけれど、無理だったんだって。  基本、運命の番は近くにいることが多い。井上さんの番はすごい会社の社長だった。その会社で清掃の仕事をしていたのが井上さん。会った瞬間に、相手が番だとわかったらしい。  でも、番にはならなかった。  井上さんは突然、その会社をクビになってしまった。  あんまりにも好みじゃなかったんだろうねぇ、社長は女遊びが……って社員たちが噂してるのを、掃除してるとよく耳にしたから。  そう言って、少し寂しそうに笑っていた。  今はもう発情期もないからいいんだけどねって、また笑っていた。 「あらぁ……」 「どうしたの? 井上さん」 「これは、またたくさん頼んだわねぇ」 「?」 「ペットボトルの水をこんなに大量に」  やれやれ、これは大変だ。そう呟くと井上さんが「よっこいしょ」って呟いて腰を上げた。  俺は食べたもので身体を作ることはできない。食べ物は不必要なものでしかない。 「へぇ、今度は朝食かぁ」 「うん」  だから食べない。 「どんななんだろうね」 「うん」  けど、一誠は人間だから食事をする。その食事の間、俺はココアを飲みながら、向かいの席に座って話をしてる。今日はどんなことがあったか、どんな人と話したか。 「仕事はどう?」 「変わらない、あ、けど、今日、すっごい量の水の発注があってさ」 「へぇ」 「井上さんがスーパーマンみたいに持ち上げた」 「すごいね、井上さん」  うん。すごかった。よっこいしょってまた呟いてさ、その水が入ったペットボトル六本ケースを肩に一つずつ乗せて倉庫の奥から現れたんだ。六十過ぎのおばあちゃんなのに。 「体を使う仕事ばっかりしてるとこうもなるのよ、って笑ってたよ」 「確かに、そうかもね」 「俺ももっと頑張らないとって」 「そうだね」  けど、俺の身体は筋肉がつかない。力も変わらない。なぜなら、セクサノイドだから。成長はしないんだ。機械だから。必要なのはプログラミング。筋肉は増えないし、力もつかない。力仕事をするためには作られてないから。俺はそうじゃなくて、セック――。 「トウ」 「!」 「ココア、もう一杯飲む?」 「あ、ううんっ、平気、一杯で十分」  一誠は笑って、夕飯のお魚をパクリと食べた。とっても美味しくできたんだって、そう言っていた。 「え、こんなに? あの、これ」 「いいのよ。二人なんだからたくさんないと足りないでしょ? これ朝食メニューだから栄養あるけど、すごく食べやすいのよ。故郷では子ども達がおやつにも食べちゃうんだから」  大きなタッパに入っていたのはミルク煮。キノコにマカロニ、にんじん、玉ねぎ、魚も入ってる。とにかく何を入れてもいい。余り物を全て入れてあとはミルクと生クリームで煮るだけ。 「たくさん食べてね。トウ君、細いんだもの」  そう言って、井上さんはヒョイっとまた軽々重たい段ボールを担ぐと、梱包のところへ運ぶ台車の上に乗っけていた。

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