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10年に至るまでの健やかな日々編 3 嬉しい気持ち
時計にバッグ、ネクタイに香水、それから財布、あ、あとタイピン……だって。
男性にあげたら喜ぶプレゼント? っていうの。でもこれ、全部一誠はいらないものばかりだ。時計、基本、お店に時計あるし、厨房にもあるし、部屋にもあるから腕時計なんてあえてしなくていい。それにケーキを作ってる時に腕時計なんてしてたらダメだし。バッグ、も、いらない。エコバックならいるかもしれないけど、誕生日にエコバッグってさ……。ネクタイ、ケーキ屋さんだからいらないし。香水、だからケーキ屋さんなんだってば。タイピンもネクタイしないし、シャツも着ないからいらない。強いていえば、財布。
でもなんかピンとこない。
誕生日! っていうものをあげたいんだ。だって、誕生日、でしょ? お祝いして、プレゼントをもらう一年に一回の特別な日。だからちゃんと誕生日のお祝いらしいことをしてあげたい。
「どうしよ……かなぁ」
一誠の誕生日プレゼント。
「あらぁ、一生懸命難しい顔をしてると思ったら」
「! 井上さん!」
「おはようね」
「あ、おはようございます」
井上さんはにっこり笑うと、異国語の歌を鼻歌で歌いながら、今現在で入っている注文票に目を通した。
「あ、それ、全部もう集めて梱包に送ってます」
「あらあら、結構重いのもあったわよ? いいのに、私が運ぶから」
「ううん。大丈夫」
「すごく重かったでしょう?」
ちょっと重かったけど、でも、どうにかこうにか頑張って台車に乗せられた。だって、六十過ぎの彼女が持ち上げられるんだ、俺にだってできるでしょ? 力仕事。
前に働いてた倉庫はここまで重いのってなかったんだ。荷重制限を設けてたんだと思う。そう気がついたのは今のこの倉庫に勤めてからだけれど。こんなに重いものはなかった。
「なぁに? もしかして恋人にプレゼント?」
「うん。けど、どれもあんまり一誠はいらないもので。財布くらいしかないかなぁって」
「そうなのね」
それにあんまり一誠は物を持たないんだ。特に着飾るようなものは一つも持ってない。
「よっこいしょ。そうねぇ。おっとっとっと」
「だ、大丈夫? 井上さん」
箱の重さに少しよろけた井上さんに駆け寄って、慌ててその傾きかけた箱に手を添える。倒して壊しでもしたら、大変な事だから。
「危なかった。大丈夫? どこも痛くない? 足とか」
「ありがとう。大丈夫」
前に他の人だけど、すっごい高いものを落っことして破損させてしまったことがあった。もっとさ緩衝材とかで包んであればよかったのに、運悪く、そうでなくて、壊れちゃったんだって。その人はクビになってしまった。
「一誠さんがどんな人なのか、トウ君の話でしか窺い知れないけれど、すごく優しそうな人」
井上さんが何か重たい物が入ったその箱をポンって軍手をした手で叩いて、ニコッと笑った。
「トウ君は思いやりがあって、優しくて、一誠さんはそんなトウ君と一緒にいることがすごく嬉しそうな気がするわ。ほら、前に、トウ君が見せてくれたことがあるでしょう? 似顔絵」
「……」
今も、宝物なんだ。
一誠が描いてくれた俺の似顔絵。
俺が楽しそうに、それに結構スラスラ描くから、なんだか描いてみたくなったと言って、鉛筆にスケッチブックを膝に抱え、俺を描いてくれた。
部屋に飾ると一誠が「いやぁ……」って困った顔をするからしないんだけど、額縁に入れて引き出しに大事にしまってる。
「あの絵、とてもトウ君が好きって出てたわ」
「……」
「だってトウ君が一誠さんの前でならあんなに笑うのねって思ったのよ。初めて見たもの」
すごくへたっぴでさ。まるで子どもが描いたみたいだった。でも、そのスケッチブックいっぱいに描かれた俺は大きな口を開けて、目をくしゃくしゃにしながら、笑ってた。
こんなふうに笑ってるんだって、知らなかったんだ。いつも俺は――。
「いつもトウ君は笑うのも気持ちを外に出すのも、少しだけ上手じゃないと思ってたの」
「……」
「でも、おうちではそうじゃないのねって、なんだか嬉しくなったのよ」
いつも俺は、悲しい気持ち、寂しい気持ち、諦める気持ちが胸の中にあったから。
「だから、一誠さんはなぁんにもいらないんじゃないかしら」
「……」
「トウ君がいれば、それが一番嬉しいんじゃないかしら。だから、お誕生日おめでとうって、トウ君がお祝いしてあげたら、もうそれで充分な気がするわ」
「でも」
「トウ君は? 何が一番嬉しい?」
「……」
俺が、一番嬉しいのは――。
「トウ……」
「あっ……ン」
一誠とするセックス がたまらなく好き。
「あ、んっ、一誠」
甘くて、優しくて、あったかくて。
「あ、やだ、あんま乳首、舐めないでよ」
「……やだ」
「やっ、やぁン、あ、一誠」
食まれて、急に子どもみたいな一誠の口の中で濡れた乳首に歯を立てられて、きゅぅって胸のところとお腹の奥のところが締め付けられる。
「あ、あ、あっ……ンン、あ、一誠、も」
一誠とするの、大好き。
「トウ」
甘くて、優しくて、温かくて。
「あ、あ、あぁっ……一誠、あ、いっせいっ」
熱くて。
「あ、あああああああっ」
幸せな気持ちになる。
「好きだよ。トウ」
嬉しい気持ちと、あったかい気持ち、愛しいのと恋しいのと、それから幸せな気持ちに、なるんだ。
「俺も、一誠のこと、好きっ」
―― お誕生日おめでとうって、トウ君がお祝いしてあげたら、もうそれで充分な気がするわ。トウ君は?
俺は、一誠がそばにいてくれたら、もうそれだけで。
――何が一番嬉しい?
「っ」
「トウ? どうかした? そんなしがみついて。痛かった?」
「ううん。ちっとも」
もうそれだけで。
「痛くないよ。気持ちいい」
とっても嬉しい。
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