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10年に至るまでの健やかな日々編 4 プレゼント
人はまだ、少し怖い。
良い人がいるのもわかってる。一誠や井上さんみたいに。けど、まだ少し――。
「何かございましたらお声がけください」
「! あ、は、ぃ……すみません」
急に、じゃないけど、でも声かけられてすごい飛び上がった。たぶん、店員の女の人は驚いたと思う。すごく不自然な反応だっただろうから。そして、すぐにその場を離れた俺のことを不審に思ったかもしれない。
やっぱ、とりあえずでも見に来てみようとか思わなければよかった。
井上さんに誕生日おめでとうって言われたらそれだけで嬉しいって教えてもらったけど、でも、やっぱこういう、いかにもな感じの誕生日プレゼントも少し気になってて、今日ちょっとだけ倉庫の仕事後に見てみようかなって思った。……んだけど。
埃っぽかったりするといけないからって、ちゃんと外で服を手ではたいておいたし、一見しただけじゃセクサノイドってわからないと思う。でも、それでもどこか不自然なところがあるかもしれないって考えてしまう。
だからこういう人が多い場所は苦手。
それに、どれもやっぱ、ピンと来ない。
時計もネクタイも、タイピンも。
「……」
この甘い香水も。
こんな変な甘い匂いなんかイヤだ。もっと、一誠からする甘い匂いはあったかくなるんだ。あの匂いがするだけで優しい気持ちになれるんだ。
バターにキャラメル、チョコレートにスポンジ生地が焼けた時のあの匂い。俺の大好きな――。
「何かお探しですか?」
「! ぁ……えっと、いえ」
さっきの女の人だった。いったん離れたくせにまた戻ってきて男性用小物の売り場をぐるりと見てたのを不審に思われた? どれも上等そうな代物で、俺みたいなのが買うとは思えないから。
「そんなわけじゃ……」
怪しいって思われたのかもしれない。でも。
「あ、あのっ」
でも、本当に困ってたんだ。今の俺は、初めてこういう場所に目的を持って来ていて、でもどうしたらいいのかわからなくて、すごく困ってたから。
「あの、すみません。誕生日、プレゼントなんですけど」
このお店の人は本当に手助けしてくれようとしてるのかもしれない、って思ったんだ。
「えっと……」
「はい」
だって、一誠だけじゃなくてさ、井上さんも俺に優しい人だったから。だから、悪い人ばっかりじゃなくて、意地の悪い人ばっかりでもなくて、本当に手助けしてくれる人だって中にはいるのかもしれないって、そう。
「何、にしたらいいのか、わかんなくて」
「はい。お手伝いさせてくださいませ」
思えたんだ。
「なるほど、たしかにケーキ職人の方であれば香水やアクセサリー等の装飾品もあまり好まないかもしれないですね」
「やっぱり、そうですか?」
「お仕事以外の時は身につけるという方もいらっしゃるとは思うのですが、お話を伺う限りでは、あまりそういうのがお好きでないように思ったので」
お店の人は、にっこりと笑って、首を傾げると、今度は「うーん」と少し難しい顔をした。ここには一誠に合いそうな物はないのかもしれない。
でも、さ。
「家族が、もういなくて」
「……」
「お母さんがいたんですけど、もう死んじゃって。なんで、誕生日のお祝い、すっごいたくさんしてあげたいんです」
一誠が大好きだったお母さんはもう天国にいっちゃった。兄弟はもう……。だから、一誠の生まれた日を祝うのは俺しかいないんだ。
「料理とか、俺作ったことないんだけど、それは作ってあげたいって思ってて。ご馳走はちょっと無理かもだけど、でも」
「それなら!」
「!」
びっくりした。急にお店の女の人がでかい声を出したから。
「それなら、とても良い物がございます!」
びっくりして、ビビる暇もなかった。
「こちらになります。ちょっとここからは離れた売り場なのですが。少しお待ちください」
そうその人は言うと、他のお店の人のところに駆け寄って、一つ二つ言葉を交わした。そして、ヒールを軽やかに慣らしながら戻ってきて、上の、違うフロアへと案内してくれた。
「ご馳走とおっしゃってましたので」
連れて行かれた先はキッチングッズが売っている場所だった。お皿とかグラスとか、キラキラしたものとフライパンとかがカラフルに並んでいて、可愛くて少しだけ一誠のお店の厨房に雰囲気が似ていてホッとする。
「食器類もいいのですが、重たいので。こういうのはいかがでしょう」
ランチョンマットって、書いてあった。
手にとって見せてくれたのは、青空のように綺麗な青色をしたランチョンマット。
「あ、けど、俺、あんまり食事……あ、いえ、するんだけど、その仕事とかで」
セクサノイドだとバレてしまわないように、慌てて否定した。食事をしない人間なんていないから。
「素敵だと思います。同じお揃いのシートを敷いていたら、きっとお一人の食事も楽しくなるし。それに、家族という感じがすると思います」
「……」
その人はたくさん考えてくれたアドバイスに眉を上げて見せて、いかがでしょう? って、ふわりと微笑んだ。
ご馳走を作って、誕生日を祝う家族のようにお揃いのシートを広げて。
「あ、えっと」
これ、赤い色が綺麗なマットだった。ワンポイントで赤の布の中に白い苺が刺繍されている。
「そしたら、これ……」
あの雨の日、悲しくて壊れてしまいたいと願って雨に濡れていた日に、一誠が差してくれた傘の色。灰色しかなかった空を一瞬で変えてくれた赤色。
それから、一誠の作る甘い苺のショートケーキの香りが好きだから、苺のワンポイント。
「はいっ、とっても素敵だと思います」
「……あ、りがとうございます」
「きっと喜ばれますよ」
「あ、あと、ありがとうございます。その、プレゼント選ぶの手伝ってくれて」
「いえ……」
その人はまたふわりと微笑んで、俺が選んだランチョンマットを二枚、まるで至宝の一品みたいに大事そうに手に取った。
「似てます」
「?」
「あの、今度誕生日になる、一誠に、貴方の笑った顔、似てます」
だから、声をかけられたのかもしれない。優しい一誠の笑った顔に似てたから、だからきっと怖くなかったんだ。
「まぁ、ありがとうごさいます」
そして、話しかけてみたら、その人はランチョンマットみたいに赤い色に頬を染めて、嬉しそうに笑っていた。
この人も、だった。
「素敵にラッピング致しますね」
この人も、これぽっちも悪い人じゃなくて、怖い人でもなかった。
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