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第4話 まるでアルファじゃない

 俺、ホント何してんの? 「んー、どういうのがいいんだろ。わからないや。額の良し悪しなんて」  なんで、俺、一誠と買い物してんの? っていうか、なんで、俺の絵を入れるための額なんて買おうとしてんの? この人。 「なぁ、トウ、どれがいいと思う? 金? 銀? それとも」  なにそれ。大昔の童話みたいになってるんだけど。それに、俺の絵に銀も金も似合わないだろ。 「どれでもいいんじゃない? 別に額なんて」 「……そっか」  ただもらうんだと思ってた。一誠が言ってた「ちょうだい」っていうのはただもらってくれるんだと。綺麗だったから手元に持ってようかなっていう気まぐれ。その程度かと思ったのに、こいつは店に飾るとか言い出した。  価値なんてないって言えば、ここにひとり、大絶賛している奴がいるだろって爽やかに笑って、俺の作り物の細い手首を掴んで、引っ張って、外に連れ出しやがった。  絵を飾るんなら額縁が必要だろ?  なんて笑ってた。 「重要なのは中身だもんな」 「は? そういうことじゃなくてっ」 「なら、これがいい」  一誠が手に取ったのはシンプルな木材で作った額縁。木でできているから柔らかな曲線を描く額のくぼみも優しくて、触った時のなめらかさも心地良い。 「これにしよう」 「なぁ、一誠、本当に?」  本当に俺の絵を額に入れて飾るつもりなのか? あんな雨に濡れて、少しよれて、指でなぞると材質が変化したせいでやたらとざらついて仕方のない、滲んだところもあるようなコスモスの絵。 「本当だよ。これがいい」 「……」  なんで、そんな満足そうに笑ってるんだ。 「きっと、飾ると素敵だろうな。よし、買って帰ろう」  なんで、そんなに優しいんだ。優しい笑顔。店員に丁寧に声をかける一誠をじっと見つめていた。  俺は自分のことが嫌いで、自分になんて優しくなれないから、人にも優しくなれない。一誠は、自分にも、人にも、俺にだって優しい。 「よし。買い物完了」 「……」  こんなふうに笑うには、どんな気持ちになればいいんだろう。 「今日は空が高いなぁ。昨日の雨が嘘みたいだ」  一誠が空を見上げると、柔らかい水色にふわりと白い模様が浮かんでいた。ただの水色じゃなくて、薄いのにどこまでも奥がありそうな。っていうか、空に制限なんてないんだけどさ。そうじゃなくて、手を伸ばしたら、冴えた空気には触れられるだろうけれど、あの青色はいくら手を伸ばして、空気を掻き分けてもっともっとって背伸びをしても、入れない、触れることはできない。そんな透明感と存在感。  この手じゃ届かないことが、もどかしい。 「いい買い物できたなぁ。ありがとな。トウ。店に飾ったら綺麗だろうなぁ」  一誠は楽しそうに笑って、丁寧に包んでもらった額の入った袋を、その高い秋空に掲げた。 「別に、俺は何も」 「いやいや。すっごい助かった。俺は、ああいうの選ぶセンスなくてさ」 「……」  一誠のこういうナチュラルなところ、なんだろう。不思議な奴。 「なぁ、一誠って、バース性、何?」  こいつはなんでこんなに優しいんだろう。 「……」 「バース性。俺は一応、オメガ、になるんだろうけど。一誠は?」 「……ぁー」  一誠が気まずそうに頬を指先で掻いて、ココア色の瞳をそっぽへ向ける。と、秋風がふぅっと駆け抜けて、一誠の柔らかくウエーブした髪を揺らした。 「一誠?」 「俺、一応、アル、ファ」 「え?」  アルファ? そう返したら、アハハハって乾いた笑いを零してる。 「一誠が、アルファ? ぜっんぜん、見えない」 「あー、そう?」  だって、アルファって、会ったことないけど、ほら、俺の仕事は作業員だから、そんでアルファはそういう仕事に就く人種じゃないから遭遇する確率なんてほぼない。それにオメガのセクサノイドだからさ。俺からしてみたら会いたくないだろ。怖いっていうかさ。今、初めて、そのアルファに遭遇してる。 「俺もそう思うよ。アルファっぽくないって」  でも、想像してたのと全然違う。  だって、もっとこう、ハイスペックで、自信に満ち溢れてて、そんで、実際に自信持っていいって誰もが認めるほどの才能の塊みたいな、そういう存在なんだと思ってた。 「……アルファ? 一誠が?」 「そう」 「アルファ? ベータじゃなくて?」 「そうだってば」 「っぷ」  笑った。めちゃくちゃ笑っちゃったじゃん。イメージと正反対すぎるアルファで、道端で腹抱えるほど笑った。 「そんなに笑うか?」 「笑うだろっ! だって、だって、一誠って、俺の思うアルファと全然違うし」 「はいはい」 「自信に満ち溢れてて」 「はいよ」 「ハイスペックで」 「はい」 「誰もが認め崇める才能の塊」 「……」  そんなふうに見えない。 「笑いすぎだ。トウ」 「だってさっ」  一誠はそういうアルファと全然違ってた。こんな奴いるんだ。 「でも、いっか、トウが」 「?」 「トウが笑ってくれるから」 「……」  そう言ってくれた一誠が笑ってた。  今、俺はヒート、発情期の時期じゃない。セクサノイドと本物のオメガはそこが全く違ってる。本物のオメガのヒートは定期的にやってきて、それは番を見つけるまで続く。番が見つかったら、そのヒートは番のためだけに起こるようになるけど、愛玩用の俺のは、スイッチを押すみたいに発動する。だから定期的な生理現象とはちょっと違う。 「あ、トウ、うち寄ってく? 他の絵だってあるし」  ざわざわした。 「……いらない」  ホント、スイッチひとつで作動するんだ。 「少し風が冷たいから、うちで、ココア」 「も、帰る。そんじゃ」 「トウ?」  でも、今まで、そのスイッチをオンにしたことは一度もない。大丈夫。これから先も俺のスイッチは切られたままだよ。そんな機能、もし、もぎ取れるのなら真っ先に取ってしまいたいってずっと思ってたくらいに不要なものだった。だからそれを、これからもずっと作動させることはない。 「トウ!」  俺が壊れるまで、そのスイッチはオフのままだ。  一誠の部屋、なんであんなにあったかいんだろう。すごく落ち着けた。気持ち良かったな。 「……」  この、自分の部屋って、こんなに寒かった? こんな、凍えてしまいそうなくらい寒くて仕方なかったっけ。 「……あれ、ミント、だっけ?」  ああいう植木鉢ひとつあるだけで、違うのかな。一誠の部屋にあった植木鉢、小さな葉がたくさん生い茂っていて可愛かった。  たった一晩帰ってこなかっただけで、真冬みたいに冷え切った気がする部屋で膝を抱え、寒さをしのぎながら、なぁんにもない窓際をしばらく眺めていた。

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