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第15話 ココアキス

 世界一、優しいものに触れた気がした。 「……トウ」 「ぁ……」  一誠の唇に触れたら、すごく優しくて、涙が零れ落ちた。 「キス、した……」  甘くて、優しくて、口にしただけで、幸せになる。 「トウ、蜜香がまた増した」 「っ、ごめっ、だってなんか、すご、嬉しい」  自分でもそれがわかった。唇に触れた瞬間、ぶわって溢れるように甘い香りがもっと濃く漂ったって。 「なんで、謝んの?」 「だって、これっ」 「綺麗な香りだって言っただろ」 「っ」  違うんだ。そうじゃなくて、綺麗なんかじゃない。これはそんな美しい代物じゃない。これは――。 「俺のこと誘惑するための甘い香りなんて」  はしたなくて、浅ましい、やらしい匂い。 「めちゃくちゃ、嬉しいに決まってるじゃん」 「っ、んんんっ、ン……」  二回目のキスは奪うように唇にぶつけられた。柔らかく濡れた感触は頭がおかしくなりそうなくらいに気持ちが良くて、割り開かれた唇で一誠の舌を咥えた。首にしがみついて、まさぐられる口の中をもっと荒らして欲しくて、自分から開いて、しゃぶり付いて、舌を絡めて。  ごくって音まで立てて、一誠の唾液を飲んで、喉から奥が潤っていく感じに身震いするほど喜んでしまう。 「……ぁ」  唇が離れた瞬間、寂しそうな声を零すくらいに、もらえたキスが嬉しくて、恥ずかしい。見上げたら、困ったように眉間に皺を寄せて溜め息をひとつついてる。一誠にはとてつもなく似合わない皺に手を伸ばしたら、その手を掴まれてしまった。そして、もっと皺を深く刻んで、俺のことを見つめている。 「ごめっ、俺っ」  思わず謝ったら、掴んだ手に力を込められた。 「そういうの」 「……ぇ?」 「今見せた顔、俺以外には、絶対に見せないで」 「え? ちょ、どんな顔を、俺って、今してた? ぁ、ちょっ」  手を掴んで、腰を抱き寄せられてそのまま、ベッドに押し倒された。こんなにあったかい場所があるんだと戸惑ったベッドに。 「可愛い顔」 「は? 俺はっ」 「むくれるし、怒るし、文句ばっか言いながら、真っ赤な頬膨らませて、たまらなく可愛い顔」 「……ちょ、一誠っ、そこ、ダメだっあぁぁっ……っン」  優しいけど、痛いことなんてひとつも俺にしないけど、でも俺の手を無視して、服の中に侵入する手に慌てた。触られたことなんてない肌の上はやたらと敏感で、甘ったるい声を上げて、過剰なくらいに身体が跳ね上がる。 「キスに嬉しそうにはにかむのも、困ってるのも」 「っん」  お腹をじかに掌で撫でられながら、また深くキスをされて、ゾクゾクした。そんで、キスが終わると唇同士から俺たちを繋げるやらしい糸に戸惑う。その糸を指で救って、俺の唇に塗りつけられて、もう片方の手で撫でられてる腹の奥からじんわりと熱が滲んで、溢れそう。ぐずぐずになっていく。 「全部、可愛いよ」 「そんなわけ」 「独り占めできたらいいのにな」 「しっ! してるだろっ!」  一誠の胸ンところの服をぎゅっと握り締めた。 「俺は一誠のことがっ、……好き……なんだからっ」  自分がこんなんだから、ヒート起こさないと思ってたんだ。人嫌いだし、人って、こえぇし、だから、好きになるわけがないって思ってた。一生、自分の体の寿命が尽きるまで動いて、そんである日壊れるんだろうって。  この蜜香は恋をしたらスイッチが入る。でも、そのスイッチは今まで一度だって入ったことはない。 「一誠のことだけ好きなんだから」  ずっと、誰も好きじゃなかった俺が初めて好きになったんだ。恋なんてするわけがないと思っていた俺が、今、蜜香だだ漏れになるくらいの恋をしてる。  こいつのことを誘惑したくて、必死になって、甘い香りを漂わせてる。 「お前だけだっ、だからっ……だから……その」 「見せて? トウの、全部」  ぐずぐずに溶けそうなくらい、何をしても気持ちイイから。 「トウの誰も見たことない場所、見せて?」 「っ、ぁ、やっ……」  濡れた音がした。ぴちゃりって、やらしい蜜音が一誠の部屋に響いた。 「やだっ……」  下着を引っ張られただけで立った濡れた音。恥ずかしくて、びしょ濡れになったそこを一誠がどんな顔して見るのか怖くて、手で自分の顔を覆いたかったのに。 「俺のこと、欲しがるトウを、見せて」 「……っ」  その手は自由を奪われてベッドに温かい手で押さえつけられた。 「一誠のこと……欲しがる、俺なんて、見たいの、かよっ」  汚くて、浅ましくて、そんで、こんなに、いやらしい。 「うん。そう」  喉がごくんって、怖さを飲み込んだ。この怖さは特別な怖さだから、飲み込んでも痛くないし、身体が冷たくなることもない。これは一誠のことが好きだから怖いんだ。恐怖じゃなくて、一誠に嫌われたらイヤだなっていう怖さ。好かれたいっていうのと、あと、すごく好きすぎて、自分が自分じゃないみたいっていうか。 「一誠のこと……」  今までの自分じゃないみたいで怖いんだ。こんなに気持ちよくて、怖い。 「すごく、欲しい」  欲しいものに手を伸ばしたことなんて、今までなかったから。 「一誠……」  手を伸ばして、キスがもっと欲しいから覆い被さる人の唇に触れた。抱き締めて欲しいから肩に触れて、俺のもっと近くに来て欲しいから、引き寄せるように首にしがみついた。 「ンっ……ン、ふ……んん、くっ……」  唾液ちょうだいって、舌でせがんで、掌で一誠の柔らかい髪をまさぐって、ぐしゃぐしゃにした。俺のことも、こんなにふうに掻き混ぜて欲しいから、舌で指先で、一誠のことを掻き乱した。 「あっ……やぁっ……ン」  甘い甘い蜜香よりももっとやらしくて甘い声なんて、知らなかった。触れられただけで、全身が火照ることがあるなんて知らなかった。 「あっ、一誠っ」  好きな人を欲しがる自分がこんなにトロトロに、身体の奥まで濡れて、一誠の指にさえ大悦びするなんて知らなかった。

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