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第17話 夢みたいな朝

 涙って、嬉しい時でも出ることがあるって、本当だったんだ。 「……ん、ト……ゥ……」  寝言で俺の名前呼んでる。今、一誠の夢ん中に俺がいるのかな。それって、ものすごく、すごいことだ。  どんな夢見てるんだろ。  俺にも見えたらいいのに。  そっと、そーっと、起こさないように、今は閉じている瞼に触れる前髪をどかした。 「……」  スーって、優しい寝息が聞こえる。俺は、この人とセックスした。壊れちゃうかもってくらい、本当に気持ちよかった。  好きな人ができるなんて、ほんのちょっと前の俺はこれっぽっちも思ってなかったよ。人のことを好きになれるとかそれ以前、話してみたいとすら思うことはないだろうって、思ってたのに。キスして、抱き締め合って、そんで――。  ――やぁっ……ぁっ、んっ……んふっ。  ――本当に、噛んでいいから。抑え、きかない。  この世界一優しい人を俺の身体の中で感じられた。招いて、奥深いとこまで来てよって願って、トロトロに、ドロドロになるまでたくさん、した。やらしくて、嬉し泣きするくらい、気持ち良かった。  すっごい甘い匂いがしてて、一誠が、ごちそう食べてるみたいって言って、俺の中で果てたりして、ドキドキした。  今も甘い香りはしてるけど、少し香りが変わった気がする。花みたいな、満開の、なんだろ、ほんのり色づいてそうな花束に囲まれてるみたいな匂い。  きっと、一誠専用のラブドールになったんだ。誰彼かまわずで香ってたら、ラブドールの購入者は不満だから。ちゃんと、そこはオメガとアルファみたいな番っぽい設定になる。もちろん、「っぽい」ってだけなんだけれど。  でも、俺は今、一誠だけの。 「……ト、ゥ?」  ラブドールだ。 「トウっ! おわっ! わっ! あっ! いた!」 「……」  びっくりした。  また名前呼ばれたぁ、なんてのんびり思ったら、いきなり一誠が、ぱち、じゃなくて、ばちっ! って、目を開けて、ものすごい勢いで起き上がってさ。でっかい声で俺のことを呼んで、ぎゅって。 「……い、っせい?」  ぎゅって、手を握られた。裸で、昨日、セックスして、びしょ濡れのまんまじゃダメだから、シーツ取り替えてもらって、身体まで洗ってもらって、服着たいっつったのに、楽しそうに笑いながらダメって宣言されて、そのまま、抱き締められて眠った。と、思ったら、起きて、いきなり、捕まえられた。  何? びっくりしたんだけど。怖い夢でも見てたのか? 俺の名前、呼んで? 「……夢かと、思った」 「……ぇ」 「君のこと、抱いたの、夢なのかと思った」 「!」  ふわっと微笑まれて、零された安堵の溜め息は、頬に羽毛でも触れたようなこそばゆさがあった。 「ばっ! バカ? きっ、昨日っ! あっ、あ、あ、あ、あんなにしたじゃんかっ!」 「うん」  今、頭から爆発しそうだ。何言ってんだよ、この変人。何、そんな、嬉しそうに笑って、心底ホッとした顔して、俺なんかのこと捕まえてんだ。さっき、俺の名前、呼んだりなんてして。夢なのかって、その夢ん中で俺のこと呼んで。 「した。すごく、嬉しかったよ」 「っ」 「トウのこと、抱けた」 「んなっ!」  言葉がちゃんと出てこない。気恥ずかしくて、戸惑うばっかで、一誠と一緒にいる時にはいっつも言ってた文句だって、ひとつも出てこない。 「ほ、本当に……」 「? トウ?」 「う、嬉し、かった、かよ……」  俺のことなんて、抱けて、本当に? 本当の本当に嬉しい? 「俺なんかのこっ、ン……んんんっ」 「嬉しかったよ。トウを抱けて、夢みたいに嬉しかった」 「ちょっ! いいいい、一誠!」  あた、当たってる! って、言った声がひっくり返った。昨日喘ぎすぎたんだ。それに、今、またドキドキしてるから。 「どれだけ嬉しかったか、伝えないといけないかなって」 「ぁっ! ちょっ、さわっ、ひゃあぁぁっ」  また首筋に吸いつかれた。 「トウ」  一誠のものだっていう印。ちょっと吸われただけでくっつく赤い印。いままではこの肌がすごく好きじゃなかったんだ。簡単に痣とかできるし。そういう肌なのは、持ち主に喜ばれるため、愛撫されるためなんだって、つくづく実感させられるから。でも、昨日、初めて、これが嬉しいって思えた。 「俺のトウ」 「あっ」  印なんてなくたって、また溢れ出した甘い香りは一誠を誘惑するためだけのもの。もう、俺の全部が一誠のためだけに動いてる。だから、こんなキスマークを全身にくっつけとく必要なんてない。首筋なんて可愛いもんだ。乳首んとことか、あと、足の付け根なんて、昨日、びっくりしてその場で真っ赤になったくらい、いくつもくっついてる。その全部に一誠の唇が触れたんだって思ったら、ものすごくドキドキした。すごい場所にまでくっついてるからさ。こんな場所にもキスされたんだって、ちょっと照れ臭かった。 「トウ」  俺は、一誠だけのだよ。全身、キスマークで印つけなくたって、俺はまるごと一誠のだよ。 「あっ……一誠っ」  でも、それは言わなかった。 「一誠」 「……孔の口んとこ、ヒクヒクしてる」 「ン、だって」  キスマークがくっつくの嬉しかったから。 「だって」  色気のある誘い方なんて、誘惑の仕方なんて、全然できないけど、でも、一誠とするの、好きだ。 「だって……んっ」  してぇもん。そう胸のうちだけで呟いて、うつむきかけたところをさらうようにキスされた。 「ン、んっ……ン」  キスで唇を開かされて、俺は自然と脚を広げて。舌が入ってきたら、自分から一誠のことを招くように腰を浮かせた。セックス、できるように。一誠のペニスがまた俺の中に入ってこれるように。 「トウ、可愛すぎ」 「あっ、やぁっ……ン」  可愛くなんてない。一誠がおかしいんだ。俺のこと抱いて、そんで夢なんじゃないかなんて思ったりするような、変な奴。 「あっあぁっ……ン、ぁっ、一誠、深っ……ぁっ、あンっ」 「トウ、中、柔らかくて、あったかくて、気持ちイイよ」 「ン」  言いながら、俺のことを突き上げてくれる。揺さ振られて、奥に切っ先を押し付けられたり、浅いとこを何度も擦られて、前で揺れてるペニスから透明な蜜があふれ出したりしてるから、だから、文句は言えなかった。 「ン、一誠、キスも、欲しっ……」 「トウ」  キスだけじゃなくて、また、中にも欲しいから。 「一誠、俺も、中、気持ちイイよ」  だから文句じゃなくて、感じてること、欲しいもの、好きな人の名前だけを甘い声で囁き続けてた。

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