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第18話 君のことがとても好き
俺の次、夜勤担当の人が来るまで、あと五分。
「あ、やべ! 出庫のリストチェックし忘れてた!」
慌ててデスクに飛びついて、そんで、全部出し終わったのを何度も確認したリストをパソコンで引っ張り出して、上から全部、ぱぱぱっとレ点を入れていく。上のフロアからメールで送られてくる出庫リスト。作業の時はそれをプリントアウトして。終わったら、パソコン上で確認のレ点を入れて、仕事完了。
リストのチェックをし終えたら、あ、あと三分になった。
「あと、休みの申請のほうは、と……やった! 取れてる!」
休みの承認も下りた。これで、あと二分。
「すみません。交代で入ります」
「! お願いします。お先に失礼します」
その声を待っていました。とばかりに飛び上がって、自分の荷物を鷲掴みにして、パソコンの前で待機。そして時間と同時に退社の入力を済ませて。駆け出した。
ずっと、夜勤と早朝が変にくっついたシフトで一誠に会えなかったんだ。一誠は朝早くに起きてケーキ作らないといけないから、邪魔できないし。
邪魔だけは、ホント、絶対にしたくない。
今日は久しぶりに普通の日勤。それに、俺、初めてやったんだ。有休の申請を。今日の明日で有給使うのは無理だけど、でも、前もって申し込んで、取ったから。承認マークついてたから――。
「おかえり、トウ」
「!」
だから、一誠に言いたいことがあるんだ。ねぇ、って、今度さ、って。
「あは。トウの家でもないのに、おかえりって、言ってみた」
「っ」
きゅって身体が一誠の笑った顔に反応した。甘いお菓子の香りと一緒に、もう一誠にしかわからない甘い甘い香りが溢れかえったと思う。ほら、きっと、その整った鼻先をくすぐった。今、目を細めて、俺のことを見つめてくれる。
「五日ぶりの甘い香り」
「っ」
「仕事、お疲れ様。外、寒かったでしょ。ココア、飲む?」
「あ、うん。飲みたい」
心が少し跳ねた。一誠の入れてくれるココアは俺にとって、かけがえ――。
「トウ? どうかした?」
「っ、な、なんでもない」
かけがえのないものって、すんなり思った自分が気恥ずかしくて俯いてしまう。
「はーい。ココア」
「あ、うん」
「違う違う、こっち」
いつもはカウンターの上で手渡されてた。だから、今もカウンターの前に立って、素直に手を伸ばしたんだけど。一誠は笑いながら、俺を手招いて、カウンタの端、開閉式の仕切りのところに呼んだ。なみなみ入れちゃったのかな。そしたら、腰の辺りまでしか高さのないこっちからのほうが零さず受け取れるけど。でも、そこまで満杯に入っているわけでもなくて。
「はい」
手渡されたココアに掌がじんわりと温まって、そして、触れ合った唇から全身が甘い香りと一緒にほぐれて温かくなる。
「バッ! バカ! ここ、店ん中だっ」
「ココアにそんな嬉しそうな顔をするトウがいけないんだろ」
手があったかい。
「もう、ちゃんと仕事してろよ」
「してるよ」
ココアを一口飲んだら、身体の中もあったかい。
「あ、何これ、新作?」
「あぁ、ハロウィンだからね」
「……可愛い」
思わずしゃがみこんで、膝を抱えるようにしながら眺めた新作ケーキ。
チョコレートなのかな。パンプキンケーキの上にかぼちゃのお化けのお菓子と、これは絶対にチョコだろうな。コウモリと、あと、ホワイトチョコなんだと思うお化けにかたどってあるプレート状になったお菓子が乗っかっている。
「美味そう」
「食べてみる?」
「んーん。見てるだけでいい」
だって、これ、かなりの手間だと思う。いくらコウモリとお化けは型でくりぬいてるたってさ、きっとそれだって不器用な俺には難しい。一誠の手は繊細ですごく優しくて、俺のことも丁寧に扱ってくれるから、だから、きっとこのケーキひとつひとつ、丁寧に優しく作ったと思う。それを食べる真似事でダメにしたくない。
あとさ、このケーキちょっと低い位置に並べてある。こんな可愛いかぼちゃのケーキなんて楽しくて、子どもとか喜びそうじゃん。一誠はそういうのも考えて少し低い、大人には見えにくいかもしれないけど、この目線で、子どもが一番見やすいようにってしてると思う。
そういうとこ、たまらなく好きなんだ。
「……トウ」
カウンターの中から出て来た一誠が隣に座って、俺に、キスをした。並んでしゃがんで、膝を抱えて。同じ目線で、にこって笑って。
「ココア味、ごちそうさま」
「!」
「トウみたいな子、初めて見た」
「はい? なにそれ。そりゃっ」
そうだろ。ラブドールなんて。
「そうじゃなくて。トウみたいに、まっさらな子」
「はっ? な、何言って」
まっさらって、そんななんか、俺がものすごく綺麗みたいに。変なの。変な奴。
「トウ、次の休み、いつくらい」
「! あ、あのさっ! それ、休みさっ、俺っ」
ねぇ、って溢れるくらい話しておきたい、報告したいことがたくさんある。
「月曜、休みにしたっ!」
「……」
「あのっ、初めて、申請してっ、そんで、有給を……って、一誠?」
「……ごめ」
変だった? 初めて休み取ったとかさ。普通、そんなんないのか。あ、逆かも。一誠はケーキ作るの楽しそうだし、だから、俺がこんな声弾ませて休み取ったなんて言ったら、ちょっと幻滅とか。
「可愛すぎて、どうしようかと思った」
「……は?」
「はぁ、深呼吸すると甘い匂いでクラクラするし」
「ごめっ」
蜜香はしょうがないじゃんか。慌てて手で空をぱたぱた仰いだけど、そんなんでどうにかなるわけないって自分でわかってる。
「良い匂いだよ。すごく綺麗な香りだって言っただろ? じゃなくて、あれ」
「……」
「トウは休みとか取れる? って、訊こうとしたんだ」
「……ぇ」
「でも、トウがもう先に、月曜、休みにしてくれてたのが嬉しい。そんで、それを嬉しそうに報告されて、たまらなく可愛い。あと、香りが一瞬で強くなったから、なんか、ドキドキした」
膝を抱えていた手がぎゅっと力を込めた。きっと、また今、蜜香が強く香ったと思うんだ。
「月曜、デートしないですか?」
「……」
今、ついさっきより、ここに走って来た時よりももっと、一誠のことが好きだなって思ったから。
「は、はい」
好きだって思いながら、小さく頷いた。
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