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第20話 ウエルカム トゥ ワンダーランド
「うわぁ……」
歓声を上げたのも初めてだった。
「一誠! これ! 花壇に花がびっしりっ」
「綺麗だよね」
ウエルカムって言葉を花でかたどってある。花が敷き詰められていて、思わずその場でしゃがみこんで見つめるくらい。
「うわぁ……すげ、綺麗」
ちゃんと見ておこう。目で覚えておこう。花びらの形、色がどんなふうにグラデーションになって、どんな筋が走ってるからこんな、一色では伝えきれない色味になるのか、あと、花びらの形も重なり方も。触りたいけど、触ったらきっとダメなんだろうな。綺麗にしてあるんだし。
「ね、トウ、まだ、ここ入り口」
「へっ? えっ! あっ! ごめっ!」
「いいよ。まだ花見てたいなら」
しゃがみこんで観察していた俺の隣に一緒にしゃがみこんだ一誠。俺は花を、でも、一誠は俺のことを見つめて笑ってた。
「平気! ごめん! 行こう!」
慌てて立ち上がると、一誠も立ち上がって、いいのに、「まだ見ててもいいの」って風に揺れる髪をかき上げる。その向こう、一誠の肩越しに見える青空はとても綺麗で鮮やかなスカイブルー色だった。あの水色が本当に空の色と同じだなんて、知らなかった。こんな青空があるんだって、今、知った。
「俺はここで花壇の花を眺めてるトウを眺めてるだけでも充分だから、いいよ。気にしないで」
「へ、平気、もぉ、大丈夫」
「ここが遊園地の入り口だって、わかってないのかと思ったから」
「んなっ! わかってるよっ」
俺が、入園直後に歓声をあげて、すぐに駆け寄った花壇の前で嬉しそうにしゃがみこんだから、ここが目的地って思ってるのかもしれない、なんて。だから「まだ、ここ入り口」って教えてくれたんだ。知ってるよ。遊園地っていう場所のことはわかってるっつうの。来たことがないだけでさ。
「い、行こうぜ」
「あ、待って、トウ」
「なに、……!」
夢中で花を観察してしまった。ちょっとどこかはしゃいでてさ、何を見ても、花でも空でも、今、目にしたもの全てがキラキラ輝いているように見えてる。それが少し照れ臭くて、先を歩こうとしたら、手を引かれてよろけた。
よろけた先にあったのは一誠の胸で、そこに寄りかかった瞬間、「パシャッ」って音がした。
「初デート記念」
「……」
「よかった。ほら、ちゃんと撮れてる。ちょっと、トウが顔真っ赤でなんか慌ててるけど、可愛い」
一誠のスマホの中には胸で受け止められて、少しはにかんで顔面真っ赤にさせた俺と、カッコいい笑顔をしている一誠が写ってた。
「ほら、トウ、あっち行ってみようっ」
一誠の耳が真っ赤。
俺のほっぺたみたいに赤い。もしかして、なぁ、一誠もはしゃいでる? はしゃいでくれてたら、一緒だから、嬉しい。
「うん。行こう」
俺から手を繋いで、横にちょんって並んだ。手をぎゅっと握ったからか、びっくりしたように目を見開いて、でも、すぐに微笑みながら、繋いだ手をブンブン振ってくれる。
「ちょっ、一誠」
「あっ! 見えてきた」
一誠が指差した先の景色にまた俺は歓声を上げてしまった。
大きな観覧車、それにあれって、何? 山? 観覧車よりも高そうな岩山がそびえ立っている。
「大丈夫?」
「へ? ぁ……」
繋いだ手をもっとしっかり握ってくれた。周囲を見たら。人がものすごかった。今日は週末じゃなくて、平日だっていうのに、こんなにたくさんの人がどこから現れるんだろうって思うほど、遊園地の中は人だらけだった。ずっと先のほうまで、あっちこっちって人が行き交ってせわしない。
「うん。平気。あの、観覧車とかと、あと、一誠のことしか見てなかった」
本当にそうだったんだ。人がたくさんいてもなんだか平気そう。迷子になるかもっていうほうが心配かな。だって、ほら目の前にある人の頭を全部飛び越えて、先にある山と観覧車、それと一誠のことしか見てないから。
「……なんか、皆、仮装? してんの?」
皆が変な格好をしていることに気がついた。童話に出てくるお姫様みたいなドレスを着ている人もいれば、魔女の格好をしている人もいる。気合入ってるっつうか、あれで乗り物乗れんのかなって余計な心配をしたくなるくらい大きなかぼちゃの着ぐるみの人もいた。
「あぁ、ハロウィンだからかな」
「へぇ、そっか」
本当に仮装してる人を見たの初めてだ。駅前とか、街中でパレードをハロウィンの日にしてたりするみたいだけど、そういうイベントがある日は率先してこもってたから。
「俺たちもしてみよっか」
「え? 俺? や、俺はいいよっ!」
「あんな気合入ったのじゃなくてさ、ほら、こういうのくらいなら全然だいじょう……」
クンって手を引っ張られて、頭の上に何かを乗っけられた。っていうか、装着された。
「……」
「え? なっ、なんで無言なんだよっ! 一誠! 俺の頭の上に何乗っけたんだよっ!」
何も言わない。っていうか、言葉を失った一誠に、不安が押し寄せて、慌てて自分で鏡の前に立ってみた。
そこに映っていた俺の頭の上、耳が、くっついてる。虎猫の耳。
「ごめ、めちゃくちゃ似合ってる」
「……えぇ? これ? に、似合ってんの?」
「うん。かなり」
「あ、あああああそ」
恥ずかしいけど、でも、いっか。なんか、ちょっと楽しいかも。こういうのしたことないし、遊園地はきっとこんなふうにはしゃいでも良い場所だろ?
「い、一誠はつけないのかよ」
「え?」
「っぶ! ちょ、一誠っ! 何そのおかしな眼鏡と鼻、ただの、本物の変人じゃんかっ」
吹き出しちゃっただろ。猫の耳とかつけておかしくないか? 似合ってんの? でも、一誠が気に入ってくれるんならいいかなぁ、なぁ一誠――って振り返ったら、一誠も振り返って、そんで、その顔にへんてこな眼鏡とつけっ鼻なんて大笑いするだろ。
「似合うだろ?」
「もう! 一誠、何やってんだよ! っぷ……ちょ、その顔で近づくな! なんか、襲われそう」
「がおおおお」
「なんで、眼鏡でライオンみたいに吠えるんだよ」
腹抱えて、呼吸ができなくなるくらいに笑った。顔、カッコいいのにさ。すぐに照れてすぐに笑って、すぐに俺と同じ目線に来てくれる。隣にいてくれる。顔だけじゃなくて、丸ごと全部がカッコいいのに、こんなことして。
ホント、変なんだ。俺が好きになった人は。
「えぇ、ジェットコースター、ダメなの?」
「えぇ、まぁ」
「なんで、敬語なんだよ」
「な、なんとなく?」
ジェットコースター乗り場で、あと数名待ちっていう段階に来て、そんな告白をする一誠の頭には童話に出てくるような鬼の角が二本、ニョキッと生えていた。
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