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第21話 好きが溢れる、光が踊る

 メリーゴーランドって、見てるとけっこう子ども向けっぽい感じがしたのに、実際乗ってみたら、案外速くて、案外あの上下運動に慌てて、手すりにぎゅっと捕まってしまった。  たくさん乗り物に乗ったんだ。一誠はジェットコースターがダメらしくて、それなのに言わずにいるから乗っちゃって、降りた後のグロッキーっぷりが笑えるくらいでさ。っていうか、笑ってた。  昼飯に一誠がホットドックを頬張ってた。俺は隣でココアを飲んだんだけど、あれ、全然、美味くなかった。こんなに違うのかってびっくりしたくらい、風味がなくて、一誠の作ってくれるココアを「ココア」だって認識しちゃってるから、ただの甘いココア風味の飲み物にしか思えなかった。もちろん全て飲んだけれど。後味もなんとなく違っていた。一口目を飲んだ瞬間の俺の表情が全てを物語ってたんだろ。一誠が笑って「俺の作ったほうのが美味い?」って嬉しそうだった。  昼飯が終わった頃、パレードがあったんだ。たくさんのダンサーが色とりどりの衣装をまとって踊りながら行進してた。そして大きな乗り物に乗った可愛いキャラクター達。見ている人は、皆、道端に座り込んで大はしゃぎで、楽しそうだった。途中、すごい勢いでシャボン玉が吹き出してきた。キャラクターの乗った乗り物のどれかから噴出されたシャボン玉。それが秋の青空の上をふわふわと揺れながら一面に広がっていく。皆が口を開けて、笑顔でそのシャボン玉に手を伸ばして、俺も手を伸ばして。ひとつ大きなシャボン玉がふわりふわりと揺れながらこっちにくるから、背伸びをして触ろうとしたんだけど、残念なことに指先に触れた途端に弾けてしまった。  すごく、すごく、楽しかった。 「お化け屋敷、けっこう怖かった」  今は、そのパレードも終わって、次に何に乗ろうか考えながら、歩いてる。 「え? けっこう? トウの声にならない無音の絶叫、は?」 「う、うるさいなっ」  思い出して、喉奥だけで楽しそうに笑う一誠にむくれてやった。声すら出せないくらいに驚いたんだよ。あんな、最後の最後までトラップが仕掛けられてるなんて誰も思わないだろ。もう少しで出られるって思った瞬間に雄叫びと一緒に飛び出されて、声も出せずに、顔面だけで絶叫しておいた。そして、入る前、並んでると見える出口から飛び出してきたお客さんが全員叫びながら走って出てきたのは、きっとこのラストのお化けのせいなんだ、って気がついた。 「怖がりなんだよっ」 「じゃあ、次は世界一平和な乗り物にしよう」 「え、そんなんあんの?」  どれもこれもびっくりするような仕掛けがあるじゃん。ジェットコースターでグロッキーになった一誠と、これなら乗れそうじゃん? って、乗った、地底探索するアトラクション。仕掛け絵の中を小さな荷台に乗って進むんだけど。仕掛け絵だからさ、奥行きとかバランス感覚とかおかしくなってきて、それなりに楽しかった。んで、そんなただ進むだけのはずの乗り物ですら、途中急激な下さり坂を降りていって、乗り終わった一誠は……結局、再びグロッキー。俺は、そんな一誠を見ながら、またちょっと笑って。  世界一平和な乗り物――そう言って一誠が指差したのは。 「……わぁ、観覧車」  大きな大きな円。そこにたくさんん柱があって、規則正しく並ぶ柱はシルエットだけ見ると、計算された図式みたい。でも、今はもう夜でライトアップされてるから、その柱たちが光り輝いて、まるで、宝石。 「行こう」 「ぁ、うん」  そう、もう夜なんだ。  もう、遊園地はあと二時間もないうちに閉まってしまう。すっごく楽しかったけど、ほぼアトラクション乗れて大満足だけど、でも――まだ、いたい。 「ごゆっくりいってらっしゃいませ」  スタッフが安全を確認して、笑顔で扉を閉めてくれた。そして、訪れるう、小さな二人っきりの空間。 「わっ……ちょっと高くなってきた」  自分の声がこの小さな空間の中じゃ、ちょっと狭そうに響き渡った。普段は大きな声なんて滅多に出さない。けど、一日中騒がしいところにいて、いつもの声じゃ一誠に聞こえないし、周りの音につれられて自然とでかくなってて、だから、今、予想外に大きな声に俺自身がびっくりした。そして、一日騒がしかった周囲の音は今、ガラス窓に遮られていて小さく聞こえる。 「トウの蜜香がすごいね」 「!」 「この観覧車、すごく甘くなってる」  一誠とセックスしたから、俺の恋の香りは一誠だけに向けて香ってる。 「トウ」  蜜香ってさ、口に出してないのに「好き、好きだよ、大好きだ」ってずっと告白してるのと変わらないんだな。だって、これは俺が一誠に恋をしなければ香ることなんて一生なかっただろうから。  名前を呼ばれて、座っているシートに手をついて、転んだりしないようにしながら、前のめりになった。 「……ん」  一誠も同じ。 「トウ……」  ふたりで向かい合わせに座って、お互いに前のめりになって、唇同士で触れた。その瞬間にまた身体から溢れる落ちるみたいに蜜香が香る。この遊園地で一番高い場所に来ても、まだ、いくつもいくつも小さなキスを交わして、地上の降り立つ頃には誰にも気がつかれない甘い香りが充満していて、少し気恥ずかしかったんだ。それこそ、好きが溢れたみたいな幸せそうな密室でさ。 「あ、トウ、ほら」 「!」  こんな気持ちに自分がなれるなんて思いもしなかった。 「……綺麗」  観覧車を降りたら、目の前には光が溢れてた。 「うわぁ……」  園内の音に合わせて光が踊って、まるで夢みたいな空間。閉園間近、最後にアトラクションたちが別れを惜しむように光を纏って、バイバイって挨拶してるみたいだ。  今、目の前でキラキラ輝く景色も、観覧車も、ジェットコースターも、メリーゴーランドだって、全部、楽しかった。全部、嬉しくて、幸せで。もっとここにいたいよ。だってホント、夢の空間でさ。俺がここにいて――。 「トウ」  いていいのかなって思ったところで、手をぎゅっと握られて、名前を呼ばれた。ここにいて、俺の隣にいて、って、そう言われてた気がした。 「また一緒に来よう、トウ」 「……うん」  次、また来れるんだ。 「トウ」 「ぇ? ぇ、今、たくさん人がっ」 「大丈夫。皆、ライトアップのほうを見てるから、こっちのことなんて気にしてないよ」  そういう問題じゃ、ないだろって思うけど。 「……ん」  俺も今すごくキスしたかったから、一誠の理由に「そっか」って顔をして、そっと目を閉じた。触れてくれる唇の柔らかさと目を瞑っていても感じる光と、それとこの優しくて楽しい空間に、気持ちがあの一番高い観覧車の辺りまでふわりと浮き上がっていた。  

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