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第24話 あっためると美味しくなる

 何が違うんだろう。 「なぁ、一誠」 「んー?」 「ココアってさ、どうやって作んの?」  一誠のココアは優しくて甘い。俺が作るのと何が違うんだろう。 「ココアはまずカカオマスっていう原料から」 「そうじゃなくてっ!」 「わかってるよ」  俺が強めにツッコミを入れると、クスクス笑ってる。わかってるならからかうなよ。きっと、ムキになった俺のことが見たかっただけとか、そんなんだろ。 「なに? 家で飲もうと思ったの?」 「……悪いかよっ」 「悪くないよ。飲みたいなら、うちに来て飲めばいいのに」 「……だって」  我儘だろ。  夜勤明けだったんだ。疲れてて、もちろん腹なんて空かないから、ただ帰って寝ちゃえばいいだけなんだけどさ。急にココアが飲みたくなった。あの甘さが恋しくて自然とコンビニに寄っていた。なんでか、ただのココアを買うだけでも気恥ずかしくて、妙な客って思われたかもしれない。たかがココアを買うだけで、顔を真っ赤にしてるなんて。  でも、照れくさかったんだ。癒されたい、なんて思うことが。 「一誠んとこで飲める純正のココアはなかったけど、普通のやつを牛乳で溶かしみたんだ。でも全然美味くなかった」  ちゃんと溶けてくれないし、味は期待してなかったけど、一誠の作ってくれるココアの代わりっていうか、急遽の代役にでもなってくれたらそれだけで充分だったのに、それにすらならなかった。舌の上にざらざらした粉末の感触が残るやたらと甘いココアもどき、みたいなものができた。 「だから、うちに来ればいいのに」 「そんなん言われたって、まだ、粉、余ってるし」 「ちゃんと溶かした?」  たぶん。わかんないけど、牛乳温めて、ココアの粉入れて、スプーンで混ぜればいいんだろ? そう思って混ぜたんだけど。 「それじゃ混ざらないでしょ」  そう! 混ざらなかった。なんか、ずっと分離したまま、ココアの粉はミルクの上に浮かんでてさ。少しだけ、ミルクにココアの色が滲んだかな? くらいのところで、疲れてた俺は面倒になって一気飲みしてしまった。 「トウはあんなに綺麗で繊細な絵を描くくせに、変なところで大雑把なんだよ」 「うるさいなぁ」  一誠は静かに笑うといつも作ってくれるココアじゃなくて、大きな袋に入ったココアを取り出した。お菓子に使うことがある、俺が昨日、コンビニで買ったような、いわゆるココアパウダーってやつだ。 「ちゃんと、ミルクパンとかで牛乳を温めるんだよ。あ、それも最初からマグ一杯分とか温めたらダメだからね」 「え? そうなの? 疲れてたからあんましっかり読まずにやってた。うちにレンジとかコンロとかないし」  何も食べずにいられる俺には食べ物や飲み物を温めるための機械はひとつも必要じゃないから。それじゃ、そもそもココアはうちじゃ作れないってことなのか。そっか。  少量から始めるんだって。マグに注ぐミルクの五分の一くらいをサッと温めて、そこにココアパウダーを入れる。そして、ペーストにしたものをゆっくり丁寧に伸ばす。そんなの面倒だって思ってしまうけれど、でも、一誠はその面倒な作業を楽しそうに、今にも鼻歌でもしそうな顔で手早くこなしていく。  本当に、ケーキとか、お菓子とか作るの好きなんだな。前に、自分のケーキを食べたお客が笑顔になってくれたら最高って言ってたけど、一誠が一番嬉しそうに笑ってる気がする。 「なんで、こんなへんぴな場所に作ったんだ? ケーキ屋」  それはすごくシンプルな疑問だった。だって、食べてくれたら嬉しいってことはさ、売れて欲しいってことでもあるだろ? それにしてはここはちょっと見つけにくい。作るなら、あの大きな道沿いに作ればいいのに。そしたら、一誠のケーキはもっと、もっとたくさんの人が買いに来るはずだ。可愛いし、美味そうだし、それに、一誠自身が目立つから。 「あっちに建てればよかったのに」  まるで、ケーキを買って欲しくなさそうな場所だろ? ここは。 「一誠?」  ココアがゆっくり溶けていく一誠の手元ばかりを見つめてた。ミルクパンなんて、うちにはないけど、こんなふうに溶けていくんだって、のんびり眺めてながら、ふと思ったことを呟いたつもりだった。  無言だったことに気がつくのが送れて、返事がないなって思いながら顔を上げたら、ついさっきの楽しそうだった笑顔は消えていた。 「あの……一誠?」 「だって……」  ガクンと項垂れた一誠が手元にひとつ大きな溜め息を落っことした。そして、声が、震えて、るのか? 泣いてる? 「あのっ! ごめん! 一誠、俺っ」 「だって、お金がなかったんだよっ!」 「は?」 「あははは。大きな道に建てるとしたら、資金がなくてさ」 「……」  小さな店だからそんなにかからないと思ったんだよ、なんてケラケラ笑ってた。 「はぁ?」 「知ってる? 向こうに建てるのと、ここ、十メートルちょい奥に建てるので、どのくらい違うか。ほら、あとは俺の腕次第? でどうにでもなるかなって」 「ばっ、バカじゃないの? そんなんっ」  アルファのくせになんでそんなんも知らないんだよ。普通知ってるだろ。アルファは才色兼備のはずなのに、ホント呑気な変わり者アルファだな。だから、俺にだって最初、ベータだと思われるんだぞ。 「あははは。でも、まぁ、道沿いじゃないとこでよかったよ」 「は? なんで」 「だって、うちの店の前がゴミ置き場じゃなくちゃ、トウはここに来なかっただろ?」 「……」 「はい。ココア」  甘い香り。少しだけ子どもっぽい、軽い甘みを鼻先で感じるのは、いつものココアじゃなくて、甘い砂糖の混ざったココアパウダーだからだ。 「だから、俺は資金なしの貧乏ケーキ屋でよかった」 「……」 「トウに出会えたから」  今日は、やたらと甘くて、胸のところが焼けて溶けそう。甘くほぐれて、優しいけれど、どこか刺激的な甘味に仕事の疲れなんて吹っ飛ぶけど、これ、俺は自分のうちでは作れないんじゃん。レンジもコンロもミルクパンもないから。決定的な致命点を見つけてしまったとぼやいたら、一誠がいつもみたいに笑ってくれた。  それでいいよ。そして、ココアが飲みたくなったらいつでも、二十四時間、いつだって作ってあげるから、なんて笑って、もうこの時間じゃ皆ケーキじゃなくて、夕飯を食べたいだろうから店じまいかなって。囁きながら、いつもよりも安いココアを一誠も味見する。 「ン……一誠」 「甘みがすごいけど、でも、丁寧に作ったら、ちゃんと美味しいでしょ?」  俺の唇を舐めて、ココア飲んですぐの舌も舐めて、キスで味見をした。 「トウが甘いのかもね。どっちだろう」  一誠は笑いながら、わざとらしく首を傾げて、これはたしかめないと、なんて難しい顔をしながら、また、俺の唇が色づくまでずっと味わっていた。

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