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第25話 たったの四文字
「あっ、やぁっ……ン、ぁ、あっ」
「トウ」
オメガのヒートが長くても一週間くらいで終わるのと同じように、俺の蜜香も一番濃いのは数日で治る。その後も、そういう雰囲気になれば甘い香りはするけど、ヒート時みたいなおかしくなりそうなくらいの甘さじゃない。
もっとほんのりとしていて、じんわり興奮する感じ。
だって、いっつもそんな強烈な蜜の香りなんてさせてたら、飽きられるだろ? だから、強弱をつけて、もっと楽しめるようにしてあるんだ。俺は、愛玩――。
「あ、あああああっ」
乳首を強めに齧られて、甘い旋律に思考が弾けた。
「ごめん、痛かった?」
一誠が首を傾げたら、汗で濡れた前髪が揺れた。俺は手を伸ばして、その前髪に触れてから、そって、俺の脇についた一誠の手首にキスをした。
「痛くないよ。気持ちイイ。一誠は? あの、今日の俺」
今の俺はそんなに甘い香りはしてない。もうヒートは終わったから。ほんのりとした、柔らかい香りしか放ってない。あんな強烈で強引に誘うような香りじゃない。だから、一誠はあんまりかなって。そこまで興奮っていうか、その気になれないかなって。
「気持ち良くないと思う?」
「あっあぁぁぁぁ!」
奥深くを一誠のペニスで深く抉られた。熱くて硬くて、すごく太い一誠の興奮が詰まった杭に身体の中心を割り開かれる快感。
「ヒートの蜜香と違うんだね。知らなかった。香りが変化するんだ」
「あ、ンっ……あ、一誠っ」
「だから、一瞬、上の空だったの?」
「! ごめっ、あっやぁぁぁ、そこ擦っちゃうヤダっ」
小刻みに腰を揺らされながら問いかけられてたまらなかった。奥じゃなくて、もっと手前にある粒をペニスの引っ掛かりのところで何度もいじられて、痺れるほど気持ちよくてさ。だから、それ、苦手だ。おかしくなりそうなくらいの快楽。ペニスの先から蜜が溢れて、一誠のことさえびしょ濡れにしちゃうから、恥ずかしくて、たまらない。
「一誠っ」
「むしろ、こっちのほうが本当に興奮する」
「えっ? ぁ、なんっ……あぁぁぁ!」
「この香り、可愛いよ」
何、それ。香りに可愛いとか、綺麗とか、ホント意味わかんないよ。
「ひっあぁっン……ン」
そこばっか擦られて、前立腺の快感に浸りきったところで、奥まで一気に貫かれて、背中が反り返るほど喘いでしまう。
「トウ」
「あっ、あン……ん、ぁ、ン、んん」
背中を浮かせて息を求めて口を開くと、一誠が吐息を分けてくれる。ゆっくり呼吸を促すようにキスを繰り返されて、こんなふうに抱かれると、たまらない気分になる。優しくて、甘くて、なんかさ、泣きそうになるんだ。
「慣れて……トウ」
「? ぇ、なに……?」
「俺に可愛がられて、甘やかされて、抱きしめられることに」
泣きそうに、なるじゃんか。
「慣れて」
「っ」
「好きだよ」
「っ」
泣いてないってば。だから、俺を大事そうに抱えながら、唇で涙を拭わなくていいよ。そんなん、しなくていいってば。
「俺っ」
きゅうって、中が一誠に抱きついた。
「一誠のこと、好きだよ」
本当に一誠のことが好きなんだって全身で伝わるように、身体だって使って、ぎゅっと抱きついたら、一誠もきつく抱きしめてくれる。くっついてひとつになったみたいになると、さっきよりも苦しいはずなのに、さっきよりも呼吸がしやすい。
「ん、好き……一誠」
この腕の中はとても気持ち良い。ドキドキして、おかしなりそう。
「あっ! 深いっ、そこ、あぁっ、イ……ちゃ、ぁ」
こんなん慣れるなんて、難しいこと、今、言わないでよ。
甘やかされるのに慣れて、なんて、そんなん無理に決まってるだろ。俺がどれだけひとりですごしてきたと思ってるんだよ。
――今日は日勤で夕方帰ってくるんだろ? そしたら、トウは遠慮せずにうちに寄って、ただいまのキスをすること。
できるわけないじゃんかっ。遠慮しないのも、ただいまのキスをするのも、ずっとひとりでいた俺はやったことなんてない。どっちも難しいのに、そのどっちもを同時にこなせとか、無茶苦茶だ。
「たぁ……た、た……ただ、いまっ」
仕事中、ぼそっと倉庫の棚に向かって練習してみた。言ってみたら、なんかものすごく恥ずかしくて、見えないけれど口から零れた言葉達がその辺に転がっているような気がして「なしなし! 今のなし!」って両手を使って払ったみる。
ただいま、なんて言って? 笑って? そんで、キス?
想像しただけで、今、叫び出しそう。笑うんだぞ? ただいま、なんて、言ったことないのに、それ言って、しかも、自分からキスするんだぞ? セックスの時のキスとかなら興奮してるからヒート状態じゃなくたって、欲しがる気持ちに押されてできるけどさ、挨拶のキスなんてしたことない。そもそも挨拶だって、この職場で、交わすだけでさ。それ以外に挨拶をするような人なんていなかったし。
遠慮だって、しないでいるったって、どうやったらいいんだよ。普通に悪いと思うじゃんか。俺なんかのためにココアを作らせるのだって。あんな面倒なんだって知ったら、頼みにくくなるんだよ。俺はそういう奴なんだよ。遠慮するほうが普通だし、無愛想なのが常々の、本当は可愛くない奴なんだ。
「……」
でも、したら、喜ぶかな。
一誠に「ただいま」って言って笑って、少し背伸びして、触れるだけのキスしたら嬉しくなる? 遠慮、しないほうが嬉しいのか? 普通は逆だろ? 遠慮しないほうが皆気分悪くなるだろ? って、あいつは、一誠は変人だからいいのか。
そしたら、変人だから、喜ぶの……かな。俺が挨拶のキスしたら、俺なんかが遠慮しなかったら、笑った顔になる?
「交代します。お疲れ様です」
「うひゃああああああ!」
倉庫の棚の狭間で、考え事をしていたところで、いきなり声をかけられて、おかしな叫び声をあげてしまった。
俺のあとを担当することになっている人がそこに立っていて、俺のおかしな絶叫に目を見開いている。片目を長ったらしい髪で隠して、いつでも伏し目がちだったから、どんな顔をしてる人なのか知らなかった。目はくりっとしてる可愛い感じの人だ。この人もここの勤務長かったっけ。俺よりは短いけど、それでも、けっこうな古株だ。
「すっ! すみません! お疲れ様ですっ」
その人に慌てて挨拶をして、逃げるように倉庫をあとにした。顔をあんまり見られたくなくて、お互いに古株同士だけれど、お互いにあまり関心をもってなくて、だから、なんか初めて顔を見た。その顔が俺のおかしな行動にびっくりした顔、だった。
もう! 一誠のせいだかんなっ。
俺、一誠のせいで変な人って思われたじゃんか。変な声で叫んだりして、あ、どうしよ。ただいま、の練習してたとこは聞かれてないよな? あれ聞かれてたらめちゃくちゃに恥ずかしいんだけど。
もし聞かれてたら、絶対に、確実に変な人扱いだ。もう確定だ。一誠のせいだ。
「……」
一誠だけじゃなくて俺も変人になる。一誠と一緒に変人扱い。
「あ、あああ、あの、たっ、たっ」
「トウ」
「たたたた、ただいまっ」
たった四文字にすらドキドキする、おかしな奴。
「おかえり」
そして、両手を広げる変人の元に歩いていって、変人一誠の懐へと。
「ん……トウ」
両手を広げて、嬉しくて笑顔になるのを堪えてる、にんまり変顔。目を閉じて俺のことを待ってるような、ホント、変な奴。
でも、嬉しそうだったから。キス、した。
恥ずかしいんだからな! ただいまっていうのなんて、慣れてないんだからなっ!
「一誠……」
キスだって遠慮せずにいるのだって、俺にとってはすごく難しいんだからなっ!
「よくできました。トウ」
一誠が嬉しそうに笑うから頑張れただけなんだからな。
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