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第3話
焦らしプレイなのか、ただ単に置き去りにされたのだろうか。
トイレに人が入る音を聞くたびに焦りと恐れから全身が強張り、毛穴から汗が吹き出る。
頼むから気付いてくれるなと願いながら、この絶望的な状況をどうすればいいのか考えるが、打開策が見つかる訳もなく暴れ出したくなる気持ちを抑え、ただ必死に自分に言い聞かせる。
ただの意地悪だと。
もう少ししたらあいつが戻ってくるに違いない。
もう少しだけ……。
そう言い聞かせ、どれくらい経っただろうか。少なくとも五人の人間がトイレを出入りした。
閉店時に従業員が見回りに来るまでこのままなのだろうかと、嫌な想像に目の前が暗くなる。
助けて欲しい。
だが、誰にも見られたくないと相反する要求を頭の中で繰り返していると、再びトイレのドアが開く音に緊張が走った。
立小便用は三つ。個室は二つが空いている。
大丈夫だ。
誰も使用中の個室トイレになど用はない。気付かれはしない。
息を殺し、入室者が出て行くのをじっと待つが、足音は一番奥の個室へと近付いて来た。
あいつが戻ってきたのかもしれないと、期待に胸が早鐘を打つ。
誰かに見つかる前に助けてくれと、潜めていた呼吸を荒げていると、ドアがノックされた。
「タミセン居る?」
聞き覚えのある声と呼び方に、ドアの向こうに立つ人間が誰だか容易に分かった。
梶勝馬――。
俺が受け持つクラスの生徒だ。
何故、居酒屋に未成年者が居るんだ!?
しかも最悪なタイミングで現れやがって!
理不尽な怒りに目頭を熱くしていると、気遣わしげな声が掛けられる。
「なあ、本気で大丈夫?」
適当な言葉で追い払いたいが、塞がれた口ではそれも出来ず、立ち去ってくれる事を祈るしかない。
「答えられないほど具合悪いの?」
質問に答えないのを答えと受け取ったのか、梶はドアの上部に手を掛けるとガタガタと揺らしながらドアをよじ登り始めた。
頼むから止めてくれと祈る間もなく、黒髪短髪の雄雄しい顔が現れた。
情けなさと恥ずかしさから思わず涙が零れるのをそのままに凝視していると、梶はドアを越えて中に入って来た。
居酒屋のユニフォームを着た梶に不愉快そうに見下ろされて、身が縮む。
「タミセンさ。プレイ楽しんでいるなら放っておくけど、どうする? 助けて欲しい?」
問いかけに、唯一動かせる首を縦に振り答える。
「助けた方がいいんだよな?」
再度確認され、頷いて見せる。
「じゃあ、足の縄から解くな」
梶はしゃがみ込み、縄を解き始めた。
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