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第6話
助けてくれたヒーローが新たな脅迫者となる。
物語ではよくある話だ。
正直、梶もそうなるかもしれないと疑っていた。
だが、三日経っても四日経っても梶から何かを要求される事はなく、それどころかこれまでと変わらない態度で接してくる。
俺にとってはこの世の終わりくらいの出来事だったが、梶にとっては何でもない事だったのだろうか?
いや、居酒屋での不愉快そうな梶の顔を今でも覚えている。
変態教師の痴態を見て、腹立たしそうだった。
だと言うのに、俺に侮蔑の言葉を投げつける訳でもなく、無視する訳でもない。
人に話した様子もなければ、金銭やその他の要求もない。
梶は何を考えているのだろうか?
真意が知りたくて、ついその姿を探してしまう。
教室で、廊下で、校庭で……。
似たような背格好の生徒の中でも、梶の姿は直ぐに見つける事は出来た。
黒髪短髪。制服は着崩している程度で、アクセサリー類は付けてなくとも、百八十を超える身長とすらりと伸びた手足。整った男らしい顔立ちが目を引く。
今も校庭でサッカーをしている梶の姿が目に留まる。
昼休みで学年やクラスに関係なく生徒でごった返していると言うのにだ。
ドリブルで次々に相手チームを抜く姿も、ゴールを決め喜びのダンスを踊る姿も輝いて見える。
ただの十七の子供 だって言うのに。
不思議な奴だと感心していると、不意に梶がこちらを向き手を振って来た。
職員室に居る俺ではなく、教室に居る誰かに向けてだと分かってはいるが、盗み見ていたのがバレてしまった気がして逃げるように窓から離れた。
✜
放課後。
一階にある科学室で実験の後片付けを一人でしていると、窓から梶が声を掛けて来た。
「タミセン、昼休みに俺の事見てたでしょ?」
声も表情からも怒りは感じられないが、変態教師に見られていたなんて気分が悪いだろう。
「サッカーが好きで見ていただけだ。お前も居たのか?」
「うん。混じってた」
「そうか。気付かなくて悪かったな」
平静を装って答えるが、胡散臭い言い訳に聞こえたに違いない。
梶は微笑みを深め、真っ直ぐな眼差しで俺を見た。
嘘を咎めるように。
後ろめたい俺はその眼差しの強さに気圧され、目を逸らす事も出来ない。
「あんな情熱的な目で見ていたから、てっきり俺に惚れたと思ったんだけどな」
確かに見ていたが、子供をそう言う目で見たりしない。
それだけはないと伝えたいのに、あんな痴態を晒した人間が何を言っても嘘に聞こえるだろう。
言葉を詰まらせていると、梶は悪戯っぽく笑った。
「残念」
真意の知れない言葉を残し、梶はその場を去った。
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