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第7話
帰りの電車の中で反芻する。
――残念。
あれはどういう意味だったんだろうか?
普通に捉えれば、惚れて欲しいと言う意味だが、それはあり得ない。
こんなおっさん相手に惚れた腫れたもない。
多分、担任がゲイだと分かり、揶揄っただけだ。
十代の頃に言われたなら舞い上がって、その言葉が嘘だったとしても飛びついていただろう。
そう思えるほどに梶は俺の好みのタイプだ。
けれど俺は四十二で梶は十七。
二十五歳の年の差を無視できるほど俺は情熱家じゃねぇし、恋をするには年を取り過ぎた。
ノーマルに恋をしては失恋し、慰めるように同類 と身体を重ねては虚しさと後悔に泣いた。
泣いて泣き続けた心は、何時からか恋愛自体を諦めた。
現に梶を見ても心が騒がない。まるでテレビの向こう側に居る芸能人を見るような感覚だ。
カッコイイと見惚れる事はあってもそれだけ。
触れたいとも触れて欲しいとも思わない。
瞼を閉じると、年相応に無邪気にボールを追いかけている姿が浮かぶ。
眩しくて、愛おしくて……。
疲れた中年には辛過ぎる姿だと、溜息が漏れた。
✜
自宅の最寄駅に着く頃には二十時を回っていた。
街灯に照らされた薄暗い道を歩きマンション前まで来ると、路上駐車している車のドアが開いた。
暗くて顔の判別は出来ないが、何度となく寝た相手だ。シルエットだけでも分かる。
「多神」
予想通りの声に名を呼ばれ、溜息を吐く。
「何でうちを知っているんだ? 教えた覚えはねぇぞ」
「どうだっていいだろそんな事。ほら、早く部屋行くぞ!」
俺の腕を掴み強引にマンションへ向かおうとする。
「待て! 話なら外で聞くから……」
「話なんかねぇよ! いいから部屋行ってヤるぞ」
乱暴に腕を引かれ、返し技でそれを外した。
「もう止めにしよう」
「はあ? ふざけた事言ってんなよ。テメェに選択権なんかねぇだろうが!」
不機嫌に喚き散らすあいつの姿に、やはり潮時だと悟った。
「お前が少しでも楽になればと思ったが、これ以上一緒に居ても酷い事になる」
「テメェ、何時から人を見下せるほど偉くなったんだこの野郎!」
胸倉を掴もうと伸ばされた手を払いのける。
「俺が空手の黒帯なの知っているだろ?」
武道の心得がないあいつは苛立たしげに睨む。
「まさかお前か? 携帯やパソコンを潰したのか?」
「何の話だ?」
「惚けるな! データを消したから止めるなんて言い出したんだろうが!」
怒りに我を忘れたのか、胸倉に掴みかかってきたところに第三者の声が割って入って来た。
「警察ですか! 酔っ払いの喧嘩です! ヤバイ感じなんで直ぐ、来てください! 住所は……」
警察と言う言葉に我に返ったのか、あいつは俺を突き飛ばすと車に乗って逃げて行った。
「小心者でよかった」
木陰から現れたのは私服姿の梶だった。
「逃げてくれなかったらこれを使わなきゃいけなかった」
バチバチと青い火花を散らすスタンガンをかざして見せたる。
「お前、こんな所で何やってんだ?」
「先生の護衛」
「護衛って……」
「脅しのネタを失って、新しいの仕入れに来ると思ったからさ」
「何の…話だ……?」
そう言えばデータがどうとか、あいつも言っていたな。
「タミセンが手料理御馳走してくれたら話してもいいけど?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の返事も聞かずに梶はマンション内に入って行った。
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