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第8話

「結構キレイにしてんだね」  どんな汚部屋を想像していたのか、梶は感心した様子でリビングを見渡した。 「さっきの話だが……」 「その前にご飯食べさしてよ」  微笑まれ、仕方なしに台所へと立った。  疲れた中年と違って相手は食べ盛りの高校生だ。  どれだけ用意したら分からない為、いくらでも増量可能な鍋に決めた。  ご飯を炊いている間に具材を用意し、出来上がった鍋を持ってリビングへ行くと梶はテレビを見ながら寛いでいた。 「人の家で寝転ぶな。行儀悪いぞ」 「いいじゃん。俺とタミセンの仲だろ?」  それはどう言う意味だろうか?  深い意味などないのかもしれないが、失態を犯しているだけに勘ぐってしまう。 「飯は用意した。話を聞かせてくれ」 「OK」  梶は小皿に具材を取りながら話し始めた。 「俺さ、あの日タミセンが店に入って来た時から見てたんだよね。友達にしては雰囲気悪いから訳アリだろうなって」  そんなあからさまに険悪な感じに見えたのか。 「そしたらさ、眼鏡スーツが意味ありげに携帯をかざして、タミセンが苦い顔してたから、これは絶対に脅されているなってピンと来た」  梶が鞄から取り出した携帯電話を見て、唖然とする。 「あいつの携帯を盗んだのか?」 「日本人は危機感が薄いから平気でテーブルに置くからさ、盗むの楽なんだよな」  初めてではない口振りに顔を顰める。 「悪いけど、画像見たよ」  見たって……。 「ロックはどうした?」 「タミセンを逃がした後も眼鏡スーツの事ずっと見てたからさ、指の動きでどのボタンを押したか分かったよ」 「見て分かるものか?」 「普通、店員がガン見しているなんて思わないから、そばに立っててもお構いなしにロック解除するから簡単、簡単」  そんなものか?  いや、梶が特別なんだろう。 「携帯以外にも画像が保管されているといけないから、自宅も探って、パソコンに保管されていた分はキレイに消したよ」  家を探った?  あいつの使っているパソコンを浚さらった?  それはつまり……。 「住居侵入に、不正アクセス禁止法違反をしたって事か!?」  俺を助ける為とは言え三つも犯罪を犯したなんて……。 「お前、何て事を……」 「大丈夫。証拠を残すようなヘマはしてないから」 「そういう問題じゃないだろう!」  感情が高ぶり、テーブルを叩いた。 「じゃあ、どうするつもりだったの? 話し合いで片が付くなんて本気で思っていたの?」  それは……。 「タミセンさ、脅迫者に正攻法でいっても無駄だよ。言いなりになれば要求がエスカレートするだけだし、断ればネットに晒されて終わりだ」  だからと言って罪を犯していい訳がない。  俺の軽率な行動の所為で、大事な生徒の経歴に泥が付いた。  捕まる。捕まらないは関係なくだ。  とんでもない事だと頭を抱えていると、梶が俺の隣に座り直し、背中を摩った。 「これは俺が勝手にやった事だし、タミセンが気にする事じゃない」 「俺の事でお前がリスクを負うなんておかしいだろ」 「そうでもないよ」 「どういう…意味だ?」 「前にさ、タミセンに助けてもらった時に決めたんだ。次は俺が助けるって」  助けた……? 「何の話をしているんだ?」 「覚えてない? 一年の時、風邪でダウンしてるのを看病に来てくれたじゃん」 「確かに見舞いに行ったが……」 「正直、うざい教師だなって、思った」  うざかったのか……。 「でも、凄ぇ助かった。頭痛ぇし、咳は止まらないし、マジ死ぬって思ったからさ、先生のうざさに本当に救われた。だからタミセンがピンチの時は絶対に俺が何とかするって決めたんだ」  確かにピンチだった。  梶に助けられ、助かった。  だが……。 「その程度の事で、犯罪まで犯したのか?」 「タミセンにとって看病がその程度なら、俺にとっても今回の事はその程度もんだよ」  そんな訳あるか。  次元が違い過ぎると言ってやりたいのに、言葉が詰まって出てこない。 「タミセン。泣いてないでご飯食べようよ」 「……泣いてねぇ」  俺は(はな)を啜りながら、梶が取ってくれた肉を一切れ食べた。

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