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第10話
強請のネタはなくなったのだから、あいつが来ても自分で追い払える。護衛は無用だと言って聞かせたが、梶は首を縦には振らなかった。
「クーポン貰ったからさ、今日はここ行こうよ」
差し出された券は駅前のファミレスのものだった。
毎週、どこかしらに俺を引っ張り出す梶に「遊びに行きたいなら友達と行け」と突っぱねた。
休日を家でゴロゴロして過ごしたいという俺の要望を聞き入れての妥協案なのだろう。
ファミレスくらいならと、重い身体を起こした。
箸が転がっても可笑しい年頃だ。担任教師相手でも外食は楽しいのだろう。
ハンバーグセットを完食後に、上機嫌でデザート注文をする梶に頬が緩む。
思えば、梶と過ごした日々は高校時代に夢見ていたデートそのものだと、妙な既視感を覚える。
二十歳若ければ……。
それ以上考えるのが嫌で、逃げるようにトイレに向かった。
梶と一緒に居るとバカな事ばかり考えてしまう。
冷静さを取り戻そうと手洗い場で顔を流す。
ドアが開く音に洗顔を止め、顔を上げると鏡にあいつが映っていた。
背後に立つあいつは、ナイフをちらつかせる。
「よお、寂しいからってテメェの生徒を垂らし込むなんて、どんだけ淫乱なんだ?」
「誰がガキに手を出すかよ。ふざけた事言ってんじゃねぇよ」
「連日連夜テメェの家に引っ張り込んでおいて、そんないい訳が通用すると思っているのか?」
こいつ毎日張り込んでいたのか?
「まぁ、本当のところなんてどうでもいい。ホモ教師が自宅に生徒を連れ込んでいるってだけで周りは勝手にそう思う」
「おい!」
「お前は勿論、クソガキの将来は真っ暗だなぁ」
「あいつを巻き込むな! 破滅させるなら俺一人で十分だろうが!」
「そうだなぁ。お前が元の肉奴隷に戻るって言うなら考えてやってもいいぜ」
答えを急かすようにナイフを顔に近付けられ、仕方なく同意した。
「それじゃあ、契約書代わりに写真撮ろうぜ」
個室に入るように誘導され従っていると、トイレのドアが開いた。
「あんたも懲りないね」
そう言って梶は何かを投げて寄越した。足元に落下したのはUSBメモリーだった。
「やるよ。あんたのパソコンのデータのコピーだ」
「お前か! 俺のパソコンを潰したのは!」
梶は肯定と取れるような笑みを浮かべる。
「あんた上司の奥さんと不倫してんのな。客にも手を出したり、ヤバイ所から金借もしている。そう言う一切合財の証拠を持っているんだけど、どうするよ?」
梶の言う事が真実なのだろう。ナイフを持つ手が震えている。
「今後一切関俺等に関わらないと約束するなら、あんたの秘密を忘れてやってもいい。出来ないなら全部を公開する」
「ふざけるなよガキ! そんな事してただで済むと思ってんのか!?」
「それはこっちのセリフだ。さっさと多神から手ぇ離せよ」
十七とは思えない気迫に気圧されたあいつは俺を突き飛ばした。
「こんな使い古しの中年、欲しかったらくれてやる!」
しょうもない捨て台詞に、今度こそ終わったのだと安堵する。
「先生、帰ろう」
背に回された腕は、 二十五も年下の子供のものだというのに、妙に力強くて涙が零れそうになった。
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