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院内の薬局で薬を受け取る彼の姿を見つめながら、ふと考えた。これから自分が、どうやって生きていくのかを。 大した額ではないが貯金もしていたため、すぐに生活が苦しくなることはない。しかし、財布を開く度に、今後の生活への不安が募るばかりだ。 薬の副作用には慣れてきたものの、仕事への影響が出ないわけではない。接客中は気を張っているからなのか、頭痛がするくらいだった。しかし、仕事終わりには急に吐き気を催し、数十分ほどトイレに立てこもることもあった。 正直薬を変えてもらえることは有難い。明後日には仕事を辞めるため、仮に薬により発情期が抑えられなかったとしても、自宅に閉じこもっていることが出来るからだ。 _何が起きてもいいように、簡単に食べられるものは買い置きしておこう。 人生というのは思い描いたようにはいかないものらしい。 きっと僕も普通に働いて、普通に結婚して、普通に子供が出来て、普通に死んでいくのだと思い込んでいた。 それが、まさかこんなことになるなんて。 「…き、...雪?」 ぼうっと見つめていた薬局の受付には、もう彼の姿はなく、代わりに学生服を着た男の子が立っていた。 「…あ、ごめん」 「もしかして気分が悪いのか?」 男は心配そうに眉を下げ、顔を覗き込んでくる。 反射的に顔を背け「大丈夫」と告げるも、ふとあの日のことを思い出し耳が熱くなった。 「……っ…う」 彼から距離をとるように慌てて待合室の椅子から立ち上がると、立ちくらみで目の前が真っ白になる。咄嗟に元の場所に座り直そうとするが、床が歪んでるように感じて距離感が掴めない。 「おっ、と…」 すかさず目の前に立った男はふらついた僕の体を捕え、そっと椅子に座らせてくれる。 「全然大丈夫じゃなさそうだけど?」 「っ、すみませ…」 彼の肩にもたれ掛かっていることには気づいていたが、体に上手く力が入らず離れることが出来ない。 早くどうにかしなければ、と頭では思っていても、冷や汗が止まらなかった。 「ゆっくり息して。…そう」 こんなところで、恥ずかしい。 いい年した大人が。 どうして僕が。 悔しい。 苦しい。 考え始めたら止まらない。 こんな惨めな姿、誰にも知られたくなかった。 それでも、そっと背中を撫でてくれるこの手はひどく温かくて、涙が出そうなほど彼の腕の中は心地よかった。

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