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思わず口から出た言葉に、自分でも驚いた。
『…はい?』
ルイの家には橘を含め、それぞれの仕事を担っている使用人が数人いる。
現在、手が足りないようなところがある訳では無かったのだが、オメガである雪が働ける職場は決して多くはない。肉体労働と、安い賃金。仮にそこで性被害に遭ったとしても、全て自己責任で片付けられてしまうだろう。
社会的強者のアルファにしか 雪のような人間を救うことは出来ないのだと、ルイはその時強く思った。
「住み込みになるけど…どう?」
『ちょっ、ちょっと待ってください。本気で言ってます?』
それでも自分の手元に置いておけば、社会の中で彼が傷つくことは最小限に抑えられるはずだ。
一度拾った捨て猫に愛着が湧くように、彼のことも簡単には手放せなかった。
「もちろん。…まぁ、雪が良ければの話だけど」
自分は狡いな、とルイは内心思った。
あれ程 恩を売っておいて、しかも明後日にも仕事を失うような男に対して、こんな話をするなんて。
選択肢を与えているようで、半ばそうするしかないような状況を作り出しているのは、紛れもなくルイの方だった。
『でも僕、車の免許くらいしか持ってないし…』
「そんなの必要ないよ。仕事は俺が教えるから」
逃げられそうになると、何故だか必死になる自分がいる。
あとになって思えば この時、俺の本能が 雪を欲していたのだと思う。
「ダメ…かな?」
雪は知らなくていい。
本当は、人手なんて足りていることも。
手放したくなかったという、ひどく傲慢な俺の気持ちも。
『本当に…いいんですか?』
「雪が来てくれたら、すごく助かる」
甘い言葉で囁けば、君に残された逃げ道なんてない。
『じゃあ…お願いします』
ごめんね、雪。
俺は初めからその答えしか、用意してなかったんだ。
「本当?よかった。その言葉が聞けて嬉しいよ」
手懐けられた猫は、ゴロゴロと喉を鳴らして膝の上で丸くなる。
もう二度と、外の世界には出られなくなるとも知らずに。
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