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第四章:ベータとアルファ

薬を変えてからというもの、すっかり体調は良くなり 僕は無事 仕事をやり遂げることが出来た。 「長い間、お世話になりました」 その日出勤していた従業員らに囲まれ拍手を浴びた男は深々と頭を下げる。 突然辞めることになった雪を心配する人もいたが、元々従業員と仲が良い方ではなかったので、誰も詳しいことは聞いてこなかった。 聞かれたところで、「オメガになったから」とは口が裂けても言えないのだけれど。 「お疲れ様。今日まで頑張ってくれて、本当にありがとうな」 店長はそう言うと、小さな花束を手渡し、茅野の肩を叩いた。 正直なところ、勤勉で売上も悪くない従業員を辞めさせるというのは、店長である羽山にとっても心苦しいことであった。 しかし、店には番を持たないアルファが来ることもしばしばあり、リスクヘッジとして辞めさせざるを得なかったのである。 「力になってやれなくて、すまない」 羽山は茅野にだけ聞こえるよう、小さな声でそう囁いた。 その言葉に驚いた男は、花束に落としていた視線を上げ、羽山の顔を見る。 思いもよらない優しさに、雪の胸は強く締め付けられた。 そう思ってくれているというだけで有難い。けれど一方で、力になろうとすらしなかった彼を怨んでしまう自分がいた。 仕方の無いことだと分かっていても、半ば強制的に辞めさせられ、悔しくないはずがない。 「こちらこそ、ありがとうございました」 強く握りしめた拳に感情を閉じこめ、必死に笑顔を作れば、きっと誰も気づきはしない。 ** 送別会の開催を断ったのは、僕の方からだった。 職場にはベータしかいないのだが、自然と人との距離が近くなる大人数での飲み会はやはり不安が残る。それに、酒を飲んだ状態では、“もしも”の事があっても誰も冷静ではいられない。 そのため 茅野は、後輩である坂下と2人きりで飲みに行くことにしたのだ。 もちろん、初めは真っ直ぐ家に帰るつもりだった。 ただ、ロッカー室で彼と話をしていると、何だかとても名残惜しくなってしまい、「この後空いてれば、飲みに行きません?」という坂下の言葉に思わず頷いていた。 「茅野さん、本当に辞めちゃうんですね…」 頼んだビールを一気に3分の1ほど飲み込んだ男は、沈んだ表情で口を開いた。 元々酒が強くない茅野は、未だに美味しさがよく分からない液体を一口飲み、「それロッカーでも言ってたよな」と笑う。 「大丈夫。坂下くんは成績もいいし、僕がいなくても上手くやっていけるよ」 「そういうことじゃなくて…」 坂下の否定の言葉は、注文していた酒肴の到着に遮られてしまう。 「うわぁ…どれも美味しそうだね」 そう言ってキラキラと目を輝かせる男を、坂下は温かい眼差しで見つめていた。

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