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「いや〜、めちゃくちゃ美味しかったですね」 「うん。坂下くんが選んでくれるお店はいつもハズレがないね」 そんな話をしながら店を出ると、外ではチラチラと雪が降っていた。 「雪が降るなんて、予報出てましたっけ?」 坂下の口から出た“雪”の言葉に、茅野は思わずドキッとしてしまう。天気のことだと分かっていても、名前を呼ばれているような気がしてならないのだ。 「…いや。僕も今日は一日天気が良いと思ってたよ」 「ですよね。あ、コンビニで傘買いますか?」 「ううん。すぐ止むと思うし…」 「じゃあ、帰りましょうか」 二人で飲みに行くのはこれが初めてではなかった。 彼といつから仲良くなったのかは定かではないが、帰り道が途中まで同じということもあり、親しくなるのに時間はかからなかったような気がする。 むしろ、職場では最低限の人付き合いしかして来なかった茅野にとって、坂下のような友人ができるとは思ってもみなかった。 「坂下くん」 「はい?」 「その…今日は誘ってくれてありがとう」 アルコールのせいで、頭がフワフワする。 左手に持った紙袋の中では、色とりどりの花たちが咲き誇り、花弁の上に舞い落ちる雪がじわりと溶けた。 「いえ。最後に二人で話が出来て、俺も嬉しかったです」 少し前を歩く男はそう言って屈託のない笑顔を見せる。 茅野に兄弟はいないが、弟というのはこういうものなのだろうと、彼の顔を見た時ふと思った。 「でも、今後もたまにはご飯とか…行ってもらえたりしますか?」 「…うん。僕で良ければ」 柔らかい髪の隙間から覗く耳朶は、ほのかに赤く色付いているようにも見える。 「本当ですか!?よかった…」 「そんな、大袈裟だなぁ」 「断られたらどうしようって、めっちゃ緊張して…」 大通りを抜け、住宅街に入ったところで坂下はそう言って立ち止まり、「ほら」と茅野の手を左胸に導いた。 あまりにも突然の出来事に、茅野は赤面して俯いてしまう。 重ねられた男の右手はひどく熱くて、指先まで冷えきった手が溶かされてしまうような気がした。 __そんな時。 「っ…ご、ごめん」 ドクドクと鳴り始めた自身の心臓。 体温が急激に上がっていくのを感じ、茅野は慌てて手を振りほどいた。 全身がじりじりと焦げるような感覚。そこにある“生殖器”を感じさせるかのように、下腹部が疼く。 経験したことがなくても分かった。これが、オメガのヒートなのだと。 「茅野さん…、もしかして」 坂下が言いかけた言葉を最後まで聞かずに、茅野はその場から逃げ出した。 心優しい後輩である坂下でさえも、今の茅野にとっては恐怖に感じられて仕方がなかった。

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