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「まったく、いつからそんなに心配性になられたんですか?」 そう言いながら車に乗り込んだ橘は、嫌味っぽく口を開いた。 カーナビの時計は21時46分を示しており、分厚い雲は粉雪を降らせている。 「仕方ないだろ」 今夜の予定は特になかったため、ルイは橘を一度帰らせていたのだが、急遽そういう訳にもいかない事情ができた。 あの日、雪と電話した際に、『明後日、仕事が終わって家に着いたら連絡します』と言われていたのだが、一向に電話が来ないのだ。 心配になったルイが彼に電話を掛けるも、繋がることは無かった。 「…はぁ。少しは“召使い”にも優しくして下さいよ」 慌てて電話を掛けてきたルイを、橘は「送別会でもやってるんじゃないですか」と、軽くあしらったのだが、結局はこのような状況である。 ルイの諦めの悪さと想像力の豊かさには、“召使い”としても呆れてしまう。 「すまない。明日こそは早く上がらせる」 橘は約束ですよ、と言い車のエンジンをかける。 後部座席に座る男の顔をルームミラーでちらりと見れば、何となく「仕方ないな」という気持ちにさせられてしまう。 ルイとはもう長い付き合いになるというのに、美しすぎる顔立ちに慣れることはない。 ここ最近、ルイは今まで以上に色々な表情をするようになった。 昔から物や人への執着心は薄かったはずなのに、茅野のことになると冷静さを失う王子の姿は、橘の目にはひどく滑稽に映っていた。 一方でルイは得体の知れない胸のざわめきを抑えようと、仕事用のノートパソコンを開き、明日の会議資料を読み込むことに集中しようと試みる。 もちろんそんなことが上手くいくはずがないのは、本人も分かっていた。 チラチラと窓の外を何度も確認する男を見かねて、橘は「ルイ様」と声を掛ける。 「余計なお世話かと思いますが、こんな状況では捗らないかと」 「…そんなこと分かってる」 ルイはため息をつくと開いていたパソコンを閉じ、スマートフォンを取り出す。 「連絡、まだ来ないのですか」 「あぁ…もう一度電話してみるか」 電話を掛けるのはこれで5回目だ。 21時すぐに最初に連絡したため、折り返しが掛かってこないことを考えると、1時間近く携帯を見ていないことになる。 先程と同様、発信音は鳴っているが、結局 留守番電話に繋がってしまう。 「っ、…雪、今どこにいる。これ聞いたらすぐに連絡してくれ、頼む」 伝言を残したルイは、手に持ったスマホを強く握りしめ、車の天井を見上げる。 目を瞑ると、頭の中で悪い想像ばかりが膨らんでいく。 2日前に会った日、彼のフェロモンは僅かにヒート期間特有の匂いがした。病院に通っているところを見たため、抑制薬を服用しているのは間違いないのだろうが、あの匂いを間違えるはずがない。 あぁ、あまりにも無力だ。 アルファ性であることを利用して悪事を働く輩もいるが、皮肉なことに、アルファは唯一オメガを守れる存在でもある。 彼のことが好きだとか、愛なんてものは俺にはまだ分からない。 ただ、雪が傷つく姿は見たくない。助けを求めるなら手を差し伸べてやりたい。 それだけなのに。

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