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34回目の誕生日。 粉雪の舞う今日この夜、僕はΩになった。 「そ…そんな、嘘…ですよね?何かの間違いとかじゃ…」 縋るような眼差しで男を見つめても 何の言葉も返ってきやしない。 シーツを握りしめていた手に力は入らず、弱々しく震えた。 僕はただ絶望した。 煌びやかな生活を送ってきたわけじゃない。贅沢な暮らしをしてきたわけでもない。 小さな町の町営住宅で育ち、上京してからも月4万円・築25年・1Lのアパートでひっそりと暮らしてきた。 自分でもβらしい生活ぶりだと思っていたし、その現状に満足していた。 受け入れられない。 どうしたって僕は 現実から目を逸らさずにはいられない。 「ははっ…やっぱり何かの間違いですよ。僕は今までずっとβとして生きてきて、何もかも平凡で…」 「茅野さん…」 「先生。今日…僕、誕生日なんです。…34回目の」 社会的弱者であるΩになるということは、すなわち平凡な人生の終わりを意味していた。 3ヶ月に1度の発情期。元々βの僕にとって、理性を失くす自分の姿は想像し難いものだ。 「34年間、βだったんですよ?」 「…えぇ」 「こんな…こと、あるわけない」 「…ですが、実際にあなたはヒートを起こしていました。今は薬で遅らせていますが、Ωだということを受け入れて 発情抑制薬を飲まなければ、確実にまたヒートは起こります。ですから…」 「やめ、…やめてくれ!」 水色の病衣に包まれた足を寄せ、体を丸める。 組んだ腕に額を押しつけると、じわりと涙が浮かぶのが分かった。 「…っ、もう…聞きたく、ない」 告げられる真実がこれほど残酷なものだとは思いもしなかった。 Ωの性被害についての報道や特集は連日のようにテレビや新聞で目にする。βである自分には関係のない話だと思っていた。今までも、これからも。 「先生。…しばらく1人にしてくれませんか」 「分かりました。何かあったら…呼んでください」 足音が遠ざかっていき、ドアが閉まるのを確認してから、僕は堪えていたものを溢れさせた。 しゃくりを上げながら涙を流す己の姿は、まるで子供のようであっただろう。 1人になった病室で思い出したのは、高校2年生の頃のことだった。 仲の良かったクラスメイトがヒートで倒れ、保健室へ運ばれた。薬の服用は義務付けられていたけど、飲み忘れることが多かったらしい。 昼休み。僕は保健室へ彼の様子を見に行ったのだが、そこで見た光景は今でも忘れられない。 仕切りとなっているはずのカーテンは完全に開かれ、彼がいるはずのベッドには3人の男が群がっていた。聞こえてくるのは呻き声と生々しい音、それから助けを求める声。僕はその場から動けなかった。ドアを引こうにも、手が出ない。 気づいた時にはもう逃げ出していた。先生に言うべきか迷ったが、それはできなかった。その男子生徒というのが校内でも有名なα性を持つ生徒だったからだ。 それに、彼らを罪には問えないことは分かっていた。社会的地位の点から考えてみても、明白なことだ。 それ以来 そのクラスメイトは学校へ来なくなった。何度か彼の家を訪ねたが、母親としか会えなかった。 17という多感な時期に負った傷だ。彼の心の傷は、多分一生癒えることはないのだろう。 Ωが必ずしも幸せになれないという訳ではない。番をもつΩも、薬を上手く利用して社会で活躍している人もいる。しかし、約半数のΩは性被害にあったことがあると言われているのも現状だ。Ωに対する偏見はなくなりそうにない。きっとαやβの人間はどこか他人事のように思っている部分があるのだろう。 僕もついさっきまでは、そう思っていたのだから。 自分がΩであると知って絶望する人の気持ちが、この時初めて分かった気がした。

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