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俺の腕の中で涙を流していた男は、ベッドに招き入れるとまたすぐに眠りに落ちた。
擦ったせいで赤くなった目尻にそっと口づけをし、さっきのようにそっと体を抱く。愛しさからではない。疲れているのか目の下にクマを作った男が、何だか可哀想に思えたからだ。
寝息を立てている彼を見て、抑制薬を飲んでおいてよかったとつくづく思った。
俺は代々アルファの家系に生まれた、生粋のアルファだ。彼のようなオメガのフェロモンに当てられれば、たまらず手を出してしまうに違いない。
それに、薬を飲んでいてこんなにも強く匂いを感じたのは初めてだった。
その香りが柔軟剤や香水ではないものだと気づいたのは、男と目が合った瞬間のことだ。一層濃くなった彼の匂いはひどく甘く、脳をも蝕まれていくような感覚に襲われた。
彼の様子を見ても、発情期を迎えているようには到底思えない。それでいてあれほどのフェロモンを放っているのだ。外に出ればたちまち悪い虫が寄ってくるに違いない。
もちろん人によって匂いは違うし、オメガであっても匂いがしないこともある。それは相性の善し悪しによるのだろうが、仮にそうであるならこの男との相性はかなり良いということだ。
「…ははっ。まさかな」
俺はゲイではあるが、生憎 好みのタイプではない。
年下で どちらかと言うと可愛らしい顔をした男。今まで関係を持った相手はそんな人ばかりだった。
それでも腰に回した腕を解けないのは、俺が“捨て猫”に弱いからなのか。それとも、本能には抗えないことを知っているからなのか。
…今はまだ分からない。ただ、俺を欲情させるような香りを放つ男への興味はある。
それにしても、俺がアルファだと知っている割には隙が多すぎやしないだろうか。
“犯したい”とまではいかなかったものの、俺をその気にさせるには十分すぎる香りだった。
「…好きじゃなくたって、俺はあんたを抱けるんだよ?少しは警戒しないと」
“王子”にだって裏の顔はあるんだからさ。
_本当のオオカミが彼であることに 眠りについた男は気づくはずもなく。密かに交わされた口付けを知る由もなかった。
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