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目が覚めたのはまだ日も登らない頃のこと。
隣にいたはずの男の姿はなく、代わりに寝室のドアが開け放たれていた。流れ込んでくる暖かな空気にまどろんでしまったが、自分の家ではないことを思い出し 飛び起きた。
「おはよう」
寝室から通じる部屋に足を踏み入れると、そこには王子の姿が。
コーヒー片手にパソコンの画面を真剣な表情で見つめているところを見ると、どうやら仕事中のようだ。
「おはよう…ございます」
だだっ広いリビングには いかにも高そうな家具がいくつもあり、僕はついその場に立ち尽くしてしまう。
…まるでどこかの貴族だ。
「…よく眠れた?」
「あ…はい。おかげさまで」
「それはよかった」
「その、すみませんでした。色々…迷惑をかけてしまって」
彼の胸の中で泣いてしまったことも含め 頭を下げると、王子は何故か突然笑い出した。
「ふふっ。…迷惑?」
パソコンを閉じ、アンティーク調の椅子から立ち上がった男はゆっくりと近づいてくる。
アルファの強烈なフェロモンのためか、僕はその場から一歩も動けなかった。
「俺ね…捨て猫に弱いんだ」
目を合わせまいと思い 下を向こうとするも、それは許されなかった。
細く長い指に顎を持ち上げられ、青い瞳に捉えられてしまった僕に、逃げ場など どこにもない。
「アンタのことも、拾ってあげようか?」
ベッドの中で見たような光景。
目の前には不敵な笑みを浮かべた男が一人。
もはやその顔はあのカフェバーで出会った“王子”ではなかった。
「…い、いや」
男との距離が縮まっていくほど、鼓動は強まる。
抵抗を諦め 目を固く瞑った時には、心臓の音が聞こえているんじゃないかと錯覚するくらいに。
「……ニャー」
その鳴き声は、僕にとっては神の一声だった。
視界の端に見えたのは 真っ白な毛を纏った1匹の猫。
「…あぁ、ユキ。お腹空いたのか?」
離れていった温度に安堵しつつも、僕は彼の一言を聞き逃せなかった。
今この男は“ユキ”と言わなかっただろうか。
「あ、あの…その猫、“ユキ”って言うんですか?」
「そう。可愛いだろ?」
「…ええ」
「何だよ。変な顔して」
「いや…その、名前が…一緒だったから」
真実を伝えると、猫を抱えた王子はしばらくの間 言葉を失っていた。
飼い主と同じく青い瞳をしたユキは、彼の腕の中が心地良いのか、目を細め喉を鳴らしている。
「…アンタも、ユキって言うのか?」
「はい。今さらですけど…茅野 雪です。天気の“雪”って書きます」
「ほう。俺はルイ・アシュビー」
“アシュビー”
その名前に聞き覚えがあるような…。
「マルク・アシュビーって知ってるだろ?俺はその息子」
まるで何でもないことのように男は言う。
マルク様はここ日本とも友好関係にあるアルーア王国の王だ。ヨーロッパ大陸の北側に位置する小さな島を治めている彼は、言われてみれば確かにルイと似ていた。
「じゃ、じゃあ…あなたの職業って…」
「職業?王子」
どうやら僕は異国の王子と一夜を過ごしてしまったようです。
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