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事務所の方に顔を出すと、すぐに店長に応接室へ招かれた。
普段滅多に入らないその部屋には座り心地の良さそうな大きなソファがローテーブルを囲んでいる。
「まぁ…座って」
「失礼します」
どこか気まずそうな顔をした羽山は、手に何枚かの書類を持ったまま口を開いた。
「診断書を、見させてもらったよ」
何の話かと思えば、どうやら僕の体のことのようだ。
オメガ性を持つ人は会社や学校へ届け出をすることになっている。それにより、発情期には休暇が取れるようになるというわけだ。
もちろん、クリーンな会社に限ってのことで、元々オメガである人を雇わないようにしてきた“ここ”では有り得ない話なのだが。
「大変だったな」
「…いえ。ご迷惑おかけしてしまって すみませんでした」
ほぼ100% 首を切られることは分かっていた。
接客業において、オメガという性は非常に厄介なものだ。たとえ抑制薬を飲んでいたとしても、発情期が近づけば多少のフェロモンが抑えられないことはある。
だからこそ、オメガである人は人と関わらない仕事を選ぶことが多いのだ。
しかし、かつてベータだった僕が、オメガに対する制度の充実した職場を選ぶ理由などなかった。
「それで…どうするつもりだ?」
当てつけのように差し出された紙には、検査結果、担当医である馬渕の名前。それから“後天性Ω(オメガ)”の文字。
腕を組み、眉間に皺を寄せた羽山は、辞めてくれと言わんばかりの態度でこちらを見てくる。
「明日にでも、辞表を出すつもりです」
「そうか…」
辞職願を出してから、少なくとも二週間はここで働くことになるだろう。年末年始の忙しい時期が過ぎた頃に辞めれば、店長にとっても ありがたい話であるはずだ。
「辞めるまでは 今まで通り頼むよ」
「…えぇ。頑張ります」
一ヶ月後には 僕はもうここにはいないのだろうと思うと、何だか寂しい。坂下くんともようやく自然に話せるようになったというのに。
「…っ、ぅ」
話が終わったようなので ソファから立ち上がると、目眩に襲われた。立っていられず ソファに座り込んでしまった僕を見て、本当に心配そうな顔をする羽山。
「おい、大丈夫か?」
「えぇ。…ちょっと立ち眩みがして」
「あんまり無理するなよ」
「…はい」
職を失うという不安と薬の副作用が、僕の精神を蝕んでいく。
自分のものとは未だに思えない診断書を強く握りしめ、小さくため息をついた。
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