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「失礼します」 ノックの後に聞こえたのは、橘の声だった。 「…ご要件は?」 「決まってるだろ。朝の…電話のことだ」 ノートパソコンを閉じ、鬱陶しい髪をかきあげる。 目の前に立った男は悪びれる様子もなく、僅かに笑んでいるようだった。 「どういうつもりだ?」 「何のことでしょう」 すっとぼけたような橘の返答に、思わずため息が漏れる。男への怒りを鬱積させながらも、今朝の出来事に対する後悔が俺の胸中を渦巻いていた。 「…アイツに何かしたら許さないからな」 人は一度自分が触れたものを、自分のものであると感じる傾向があるらしい。どうやらそれは“もの”だけでなく、“人間”にも当てはまるようだ。 「随分執着なさってるんですね。それも…一晩共に過ごしただけの相手に」 「…悪いかよ」 「いえ。構いませんが」 薄笑いを浮かべた男が今日はやけに憎たらしく見えた。いつも俺の“相手”には全くと言っていいほど興味を示さないのに、今回ばかりは違う。やはりあの男がオメガであることが関係しているのだろうか。 「それと…アイツの家、知ってんだろ」 「…えぇ。送りましたからね」 「その、…教えてくれないか。渡したいものがある」 「いくらルイ様の頼みでも、守秘義務がありますので」 そう告げて橘は部屋を出ていく。 何となく断られるのは分かっていたが、実際に言われてみると やはり腹立たしいものだった。 あのバーの常連ではないようだし、あそこで簡単に会えるとは思えない。それでも街で偶然会う確率に比べれば希望があるような気がした。 …電話番号くらい聞いておけば良かったと 今さらになってつくづく思う。 「チッ…俺はそんな金に困ってねーよ」 間違えて使ってしまわないようにと手帳に挟んだ五千円札を眺めながら、俺は小さな声で毒づいた。

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