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「あら、いらっしゃい」 結局俺が辿り着いたのは例のバーだった。 店内を見渡す限り、あの男はいない。 「ルイ様!」 近寄ってくるハルキと軽くハグを交わし、いつもの席に座る。 九時を過ぎた店はそこそこ繁盛していた。俺の座るカウンター席の真ん中は全体を見渡すことができ、マスターやハルキとも比較的話しやすい場所だ。ここ、MieLには開店当初から通っているから、かなり長いはずだ。それももう五年ほど前のことになる。 MieLという名がこの店についている通り、ここに来る客は皆 “蜜蜂”なのだ。たった一人の“花”を見つけるため 訪れる。 「あの人…来てないか?」 「“あの人”?」 「その、…昨日の」 「あぁ。“お姫様”ね」 「…何だそれは」 三十過ぎの男にさすがに“お姫様”は無いだろうと内心思いながら 差し出されたカルーア・コーヒーに口をつける。口に広がるコーヒーの苦味と体の芯が温まっていく感覚が心地いい。 「ふふっ…今日は見てないわよ」 「そうか。なら…いいんだが」 「逃がしちゃったの?」 「まぁ…そんなところ」 「王子でも捕まえられない人がいるのね」 マスターはそう言ってくすくすと笑う。 捕まえるも何も、ほとんど自分で逃したようなものだ。もしかしたら俺にあの男を追いかける資格はないのかもしれない。 「ここに来たら連絡してあげようか?」 「あぁ…」 どうやら彼には俺の言わんとすることが分かっているようだ。 マスターには敵わないな、と つい声を漏らしていた。 「何だか…ルイ様らしくないですね」 グラスを洗っているハルキは少し寂しそうな顔をする。彼が言うのだからきっとそれは事実なのだろう。 「いつも“去る者は追わず”って感じなのに…」 ハルキの言う通り、誰かにここまで執着することは 今まであまり無かったかもしれない。 バーで知り合った男と一晩を過ごしたり、“恋人”になったりすることはもちろんあったが、アルファの本能に揺さぶられはしなかった。 「見つけちゃったんじゃないの?“お姫様”」 「まさか。…第一、俺のタイプじゃない」 会いたいわけじゃない。ただあの金を返して、謝ることが出来ればいい。 本当にそれだけなんだと自分に言い聞かせるようにそう言い放ち、再び苦味のある液体に口をつけた。

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