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第三章:再会と契約

転機が訪れたのはあれから一週間後のことだ。 新年を迎え、三日が経った今日 偶然にも俺はあの男との再会を果たした。 彼は全くと言っていいほど俺の存在に気がついていなかったようで、すれ違いざまに声をかけると驚いたように俺の顔を見上げた。 「あ…こんにちは」 意外にも彼は嫌な顔一つ見せなかった。それでもやはり、突然のことに 戸惑っているようではある。 総合病院という何ともロマンのない場所ではあったが、もう会えないと思っていた俺にとって再会した場所など問題ではない。 「あのさ…」 あれほど再会できる日を待ち望んでいたにもかかわらず、いざとなるとうまく言葉が出てこない。 一つ息を吐き、首根の辺りに手をやって口を開いた。 「この間はその、…悪かった」 「…いえ。僕の方こそ…すみません」 診察を終え 帰るところなのだろう、手には“内用薬”と書かれた白い紙袋を持っている。仕舞おうとしていたところなのか、肩に下げたトートバッグは開けっぴろげたままだ。 「そうだ。あと…これ」 スーツの内ポケットから手帳を取り出し、最後のページに挟んでいた五千円札を渡した。 「俺は受け取れない」 「でも…」 さすが律儀な日本人だ。 男は決して紙幣に手を差し伸べようとはしなかった。 受付の人がこちらをチラチラと見ていることに気づき、仕方なく折れてやろうかという気になってくる。 このままでは埒が明かない。そう思っていた矢先、 俺は自分の吐いた言葉に驚愕することとなった。 「詫びがしたいって言うなら、代わりにアンタのこと教えてくれないか」 口をついて出たこの言葉こそが 俺の本心なのだろうか。 確かに、今もあの夜のような甘い香りを放っているこの男が気にならないわけではない。しかし、何度も言うようだが 俺のタイプとは程遠い。 「あの…そんなことでいいんですか?」 「…言っただろ。捨て猫に弱いって」 一歩近づきダッフルコートのポケットに五千円札を忍ばせたが、呆然と俺を見上げたままの男はそれに気がついていないようだ。 「…少し待っててくれ」 「え?」 「薬を貰ってくるから。そしたら…どこかでお茶でもしよう」 それだけ告げて 足早に受付へ向かった。 今日はオメガのフェロモンに対する抑制薬を受け取りに来たのだ。薬とはもう十年来の付き合いとなるので、もはや飲むのが習慣のようになっている。ちなみに、わざわざ病院に来るのは 少し強い抑制薬を処方してもらっているから。 オメガの子宮成形から発情期までを抑制する薬とは違い、アルファが服用するのはフェロモンに対する薬だ。自分のフェロモンの放出を防ぎ、相手のフェロモンを感知しにくくするもので、副作用はほとんどない。 それでも薬を飲もうともせず、性被害をオメガのせいにするアルファがいるのだから、この世界は薄汚れているのだろう。

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