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Allure 第1話

 後部座席のシートに深く寄り掛かりながら、瞳を伏せている丹精な鼻筋に街の灯りが映り込んでは飛んでいく。  黙っている彼はその整った顔立ちが強調されて、無意識にも目をとめて惹きつけられる。動きのない表情がまるで精巧に作られた人形のようでもあり、同じ男から見ても実際羨ましいほどの男前だ。  バックに撫で付けられた黒髪が少し乱れて額に掛かり、車の揺れに合わせて振られる首筋の動きから、浅い眠りが苦しげにも思えて心配になる。時折長い脚を左右に振り、窮屈そうに身をよじるのを見れば尚更だ。長身の彼が眠るには、タクシーの車内が通常よりも小さく感じられた。 「おい、大丈夫か?」  隣から身を乗り出して、そんなふうに声を掛けた。すると、閉じていた瞳をゆっくりと開き、口元に薄い笑みを浮かべてうれしそうに視線を細めた。 「何だ、心配してくれんのか?」  クスッと余裕の微笑みを見せたと同時に、頬と頬とがくっ付くほどの位置にまで近寄られて、波濤はびっくりしたように舌打ちをしてみせた。 「……っンだよ! 充分ゲンキじゃねえかよッ!」 「お前がそんなふうに心配してくれんなら、うれしくってもっと元気出ちまうな」 「はぁッ!?」  なら俺は何の為にここにいるんだという調子で、波濤はますます苦虫を潰したような表情で隣の男を軽く睨んでみせた。 ◇    ◇    ◇  今夜は相当酔っ払っちまったから家まで送ってくれないか――同僚ホストであるこの男からそう頼み込まれたのは、イベントが終了したロッカールームでのことだ。数ある催しの中でも大々的なハロウィンの夜のお祭り騒ぎがハネた直後のことだ。  客からの贈り物やら荷物も多いことだし、いつもよりも張り切って飲んだので足元もおぼつかない、だから家まで一緒に付いて来てくれないかなどと少し呂律の回らない口調で頼まれた。  大量に飲んだのは誰しも同じなのに何で俺が――とも思ったが、彼があまりにも虚ろな表情で頼み込んでくるので、断り切れなかったというのが実のところだった。  それはともかくとして、波濤には彼を自宅に送るのを躊躇(ちゅうちょ)する理由がもうひとつあった。  この男が自身の勤めるホストクラブの支店から移籍して来たのは、ほんのひと月ほど前のことだ。おおよそホストらしからぬ仏頂面の上に、客に対する態度も無愛想のくせにして、前の店では指名率ナンバーワンだったというからひどく驚かされたものだ。  その態度や商法は現在の店に来てからも変わらずに、ヘルプに付いた後輩ホストらを緊張させたりと、とにかく良くも悪くも皆の関心を引いてやまないこの男は、源氏名を(りゅう)、本名を氷川白夜(ひかわ びゃくや)といった。  それまでは押しも押されもしないナンバーワンだった波濤にとっても、彼が来たことでその座を争うことになった。いわば今現在一番のライバルでもある。  それだけの関係ならば幾分イケすかない感はあるにしろ、さして問題はないのだが、波濤にはどうにもこの男が扱いづらくてたまらない理由があった。  それは半月ほど前のこと、初めてこの男の自宅マンションに招かれた際のことだ。  『ナンバーワン同士、もう少し懇意になっておいた方がいいんじゃないか』などと尤もらしい台詞で誘われて、ノコノコと付いて行ったのを後悔している――と言い切るには語弊があるだろうか。だが多少なりとも後悔先に立たずな気分にさせられたのも事実だ。  いきなり身体の関係を迫られた上に、『お前が好きだ』と告白めいたことまで言われて、面食らったのを忘れたわけじゃない。  確かに彼の一種変わった接客方法や、無愛想なくせにナンバーワンにまで登りつめたという手腕に興味があったことは認めよう。彼の言うようにもう少しお互いについて知り合うにはいい機会だなどと思って、快く誘いを受けたまでは良かったのだ。  その時の彼は強引で、けれどもひどく素直で率直でもあって、それは普段の印象からは程遠い別人のようでもあって、とにかく戸惑わされたものだ。だが最も信じられないことには、彼からの告白が満更迷惑だと思えなかったことにある。  元々興味を引かれる存在ではあったが、改めて気持ちをぶつけられて――それも含みのなく、回りくどさもまるでない堂々直球に告白されて――しかもあろうことか巧みな誘いに流されるように肉体関係という既成事実まで踏んでしまったのだから、心が揺らぐのも致し方ないかも知れない。  だが、波濤にはどうしてもそれらを素直に受け止められない気持ちが自身の片隅でくすぶっているのも否めなくて、だから今でもこの男と親密になることに戸惑う気持ちが拭えずにいた。

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