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You're my first and last lover.2

***  フェリーに乗る前に、お世話になった井上ご兄弟の家に寄って、お礼を告げてから船着場に到着すると、親父とお袋がにこやかな顔で出迎えてくれた。 「忙しいのは分かっているけれど、年末年始くらいは、こっちに顔を出しなさいね」 「休日の当番医にならなきゃ、帰ってくるから。コイツも一緒にいいでしょ?」  ひょいと指を差したら、瞳をキラキラさせて、あからさまに喜ぶなんて―― 「学生のうちは勉強が忙しいだろうから、無理して来なくてもいい。煩いのがひとり減って、清々する」 「うーっ、お父さん……」 「まったく! 何度もお父さんと言うなって、あれだけ――」  怒鳴りかけた親父が、うっと言葉を飲み込む。  さっきまでキラキラしていた歩の瞳が、今度はうるうるしたものに変わり、穴が開きそうなくらい、親父を見つめていた。 「もうしばらく、お父さんに叱られないんだなぁと思ったら、寂しくなっちゃいました」  言うなり、いきなり親父にぎゅっと抱きつく。ヒッと小さく叫んで固まる顔が、かなり笑えるものだ。 「そろそろ乗り込むぞ。お父さんって呼ぶのを許可されるまで、そこにいてもいいけどね」  ひらひらと片手を振って、颯爽と歩き出したら、慌てて隣に並んでくる。 「タケシ先生の分まで、お父さんに抱擁しといたから!」 「そうかい……」  お節介焼きだなと、呆れながら歩き出した瞬間、二の腕を捕まれた。てっきり歩だと思って、振り解くべく力を入れたら、痛いくらいに握り締めてくる。 「バカ犬、いい加減にし――」 「武……」  親父の声にハッとして、足が止まってしまった。横で歩が、何故だか含み笑いをしているのが謎すぎる。 「掴んでる手……結構、痛いんだけど」  この状況がどうにも照れくさくて、そっぽを向いて言ってやったら、素早く放して背中を向けた親父。 「……あんまり、王領寺くんを苛めるんじゃないぞ」 (いきなり、何を言い出すかと思ったら――) 「分かってる。嫌気がさして、捨てられたら困るし」 「病院、忙しいかもしれないが無理はするな」 「ああ。休めるときは、きちんと休んでいるから大丈夫」 「あと……その、なんだ――」  チラチラと振り返り、遠慮がちに俺たちを見やる視線に、首を捻るしかない。 「言いたいことがあるなら早くしてくれないと、フェリーが出航する」  言いながら、フェリーに指を差したら、勢いよく振り返り、ぎゅっと両目をつぶる姿があって。よく見ると、若干目尻が濡れているように、見えなくもない。 「うっ! あんまり喧嘩をするんじゃないぞ。しっ幸せにな!」  周りに聞こえるような、大きな声で言い放つとお袋を置いて、そのまま走り去ってしまった。  親父の奇行に呆気にとられていたら、フェリーが汽笛で出航の合図を知らせる。その音に導かれるように、歩と一緒に中へ入った。

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