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You're my first and last lover.3

 デッキを目指すべく船内を突き進み、見晴らしのいい場所を確保して足元にカバンを置き、港にいるお袋に手を振ってやる。 「お父さんの見送りがないのは、ちょっと寂しいでしょ? タケシ先生」 「別に……」  腕に親父に強く掴まれた感触が、まだ残っていた。わざわざ呼び止めるために、あんな風に必死になるなんて――今までそんな行動を、したことがなかったというのに。  いつも通りに不機嫌な顔したまま、お袋の隣で腕を組み、フェリーを見上げる姿があれば、こんな気持ちを感じることなんてなかったのに――  体に船体が動く感覚が伝わった瞬間、大きな汽笛を響かせながら、フェリーがゆっくりと前進していった。親父に置いてきぼりにされたお袋が、どんどん小さくなっていく。 「タケシ先生――」  唐突に恋人繋ぎされた、右手のぬくもり。何故だかそのあたたかさをもっと感じていたくて、ぎゅっと握り返してしまった。 「年末、またここに来たいな。お母さんの手料理を、お腹いっぱい食べたいし」 「……うん」 「お父さんにいっぱい、可愛がってもらいたいし」 「お前、親父に何を言ったんだ?」  横目でじろりと睨みあげながら訊ねてみたら、あからさまにギョッとした顔して、思いっきり視線を逸らしてくれる。そんな分かりやすいリアクションのせいで、沈んでいた気持ちが、ふわっと浮上した。 「幾度となくこの島に顔を出してはいたけれど、今回みたいなことをしたことがなかったからね。バカ犬のお前がいらない気を遣って、親父のことをたきつけたのはバレバレなんだよ」 「……タケシ先生がお父さんに愛の告白をしたのに、そのままスルーさせるのが、俺的にはどうしても放っておけなかったんだ」  愛の告白ってヘリに乗り込む前の、バタバタしていた、あのときのことか―― 「それはお前と約束したからであって、愛の告白なんかじゃないってば」 「大好きな親父って、真っ赤な顔して言ってたよね?」 「くぅっ……////」  ヘリの羽音で、俺たちの会話は聞こえていないと思ったのに、何でコイツの収集能力が、そんなときに限って発揮されるんだか。  逸らしていた目を俺に直視させ、にやにやしながら見下してくる歩が、憎らしいったらありゃしない。そんな視線から逃げるべく、今度は俺が顔を背けてしまった。 「お互い、好き合ってるのに衝突ばっかしてんのを見て、何だかなぁと思ったんだ。きっかけがあれば絶対に、仲良くなれるんじゃないかと思ってさ。帰り際、お父さんに抱きついて言ってみたんだ「タケシ先生の大好きな気持ちに、応えてあげてくれませんか」って」 (――ああもう、コイツときたら……)  繋がれていた手を放り出すように振り解いて、両手に拳を作る。それを見た途端、頭をかばうように守りに入った歩。いつも叩かれてばかりいるから、条件反射なのかもしれないな。  内心苦笑しながら、縋りつくように抱きついてやった。 「えっ!? な、なに?」 「お前と一緒に……ここに来ることが出来て良かった」  言いながら腕の力を強めてしまったのは、俯いて隠している顔を、見られないようにするためだったりする。 「タケシ先生珍しいね。人前でこんな風に抱きつくなんて」 「変に気を遣って、親父との仲を取り持ったお前に対する、ご褒美みたいなものだ。深く考えなくてもいい」 「ご褒美なら、思う存分に抱きしめちゃえ。えいっ!」  そう言ったクセにぎゅっと抱きしめず、背中を労わる様に撫で擦ってくれた。 「歩……お前で良かった。俺の恋人でいてくれてありがと」 「……素直に喜んでいいのか、微妙な気分。ドッキリしたりしない?」  親父の真似して、素直になってみたらこれか――まぁ普段の俺の態度が、歩を怯えさせてしまっているんだけど。 「ドッキリなんて、するわけがないだろ。お前が俺を想うように、俺もお前を想っているんだ。最後の恋人なんだから、大事にしなきゃな」  撫で擦ってくれるてのひらのあたたかさが、本当に心地いい――歩の気持ちが沁み込んでくるみたいだ。 「家族と離れて、センチメンタルになったタケシ先生の傍に、ずっといてやるから。寂しくならないように、ずっといてやるから」 (どうしてだろう。コイツに図星を突かれると、イラッとするのは)  甘い気分に酔いしれていたかったのに、歩のひとことで我に返ってしまった。  俯かせていた顔を上げると、微笑みを湛えた眼差しとぶつかる。俺も同じように微笑んでみせてから――  ばこんっ!! 「いった!」  振りかぶった俺の右手が、歩の頭をクリーンヒット。とてもいい音が鳴った。 「俺の傍にいるのは当然のことだろ。離れたりしたら、承知しないんだからな」 「ううっ、隙を見せたらいきなり叩いてくるとか、いつも通り過ぎて言葉にならねぇ」  いつも通りの俺たち、か―― 「だったら地元に帰ったら、たっぷりと可愛がってやる。覚悟しておけよ!」  痛そうにしているコイツに飴をあげるべく、ちょっとだけ照れながら言い放ってみる。 「……恐怖しか沸かないって、どういうことだろ」  なぁんて言うものだから、安定の二発目が歩の頭に炸裂してしまった。  今はこんな状態の俺たちだけど、少しずつでいいから甘いものにしていきたいなと、頬を撫でる海風にそっと気持ちを乗せてみる。  ふたりで歩んでいく楽しくて明るい未来を、心に思い描きながら、そっと右手を握りしめてみた。 「お前は俺にとって、すっごく大事な恋人なんだから、可愛がって当然だろ?」  羞恥心をキープしたままの俺の顔を見て、やっと悟ったのか、瞳をきらきらさせて首を縦に振る。 「いい加減、タケシ先生にもっと可愛がってもらうべく、それなりに頑張るから」 「ああ……」 「だからもっと、優しく叩いてね。バカが重症にならない程度にさ」  その言葉に、心底呆れ返ってしまった。せっかく飴を投げてやったというのに、バットでホームランしてどうするよ!?  この恋は、いつまで経っても甘くならないかもしれない。だからこそ―― 「バカ犬のお前からの頼み事だからね。しっかりと聞いてやるよ」  叩くと見せかけて、頭をぐちゃぐちゃに撫でてやった。  ちょっとずつでいい、互いの心の距離を近づけながら、恋を育んでいけばきっと、まろやかな甘さが出ると思うんだ。  そんなことを考えていたら、頭を撫でていた手をいきなり握り締め、強引に俺を引き寄せる。不思議顔して歩の様子を窺っていると、素早く周囲に目を走らせた。 「その約束、絶対に忘れないでねタケシ先生」  首に付けているチョーカーが太陽の反射で光り輝き、それに目を奪われていると、一瞬の間を置いた後、顔を寄せてそっとキスをする。まるで約束を交わすように―― 「きっと忘れないよ、歩との約束だからね」  俺たちの恋は近い将来、甘くなる予定である――と予言しておこう。ふたりの成長過程で、すべてか決まってしまうかもな。 Happy End♡ 最後まで閲覧、ありがとうございました。

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