121 / 126
進撃(いや喜劇…いやいや悲劇!?)の学会18
俯かせていた顔を思いきって上げたら、小さく笑う歩と目が合った。
「強がってるタケシ先生もいいけど、お手上げ状態なタケシ先生も大好きだよ」
「なんだよ、それは」
「自分の心に、嘘をつくのはかまわない。だけど俺の前では素直でいて欲しい。タケシ先生に嘘をつかれると、俺は悲しいんだからな」
(恋人のお願いを、きかないわけにはいかないじゃないか――)
「歩、俺は――」
「うん」
じわりと歪んでいく視界の先にいる歩の顔が、水の中にいるような状態になった。鼻をすする音がフロアに響く。その音に情けなさを感じながら、ぽつぽつと口を開いた。
「俺ひとりきりだったら、さっきの患者を見殺しにしていたかもしれない……」
「どうして、そんな状況になるんだよ。だってタケシ先生は医者なのに。いつもなら冷静に対処しているだろ?」
痛いところを突いてくる恋人に、思いっきり視線を逸らしながら言葉を繋げる。
「刺された痛みに顔を歪ませた患者の声を聞いたら、治療の手が止まってしまったんだ」
俺を抱きとめていた片手が、俯いた顔を強引に上げさせる。無理やり合わせる歩の目から、視線が逸らせなかった。
「タケシ先生の手を止めるなんて、相当つらいことを言ってきたんじゃないのか?」
「歩……」
「俺の病気を治そうと、必死になった姿を見てるから分かる。救える命が目の前にあったら、絶対に助ける医者なんだもん。諦めるなんてことはしないだろ?」
言いながら、頬に伝った涙を拭ってくれた。
「お前がいるから、乗り越えられていると思ってた。今が幸せだったから、昔のことなんて全然思い出さなかったのに」
「昔のこと?」
「手遅れの恋――」
それを告げた瞬間、歩の目が大きく見開かれた。
「アイツのことが……桃瀬を好きな気持ちがまだあるんじゃ」
「そうじゃない、違うんだ!」
歩に誤解されたくなかったのもあり、静かにしなきゃいけない場所と時間帯だというのに、大きな声をあげてしまった。
ともだちにシェアしよう!