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Love too late:壊したくない距離感3

*** 「周防 武です、ヨロシクお願いします」  系列の高校を編入という形で転校した。名前が学院から学園になった程度だけど。しかし言えるのは楽園にならないだろうという事実。どこに行ってもついて回る成績争いに、ほとほと嫌気がさしていた。  学校でも塾でも互いを牽制しあう姿を見るたび、アホらしくなってしまう。そんな暇があるのなら、単語のひとつでも覚えればいいのに。 「校内の案内は、クラス委員の桃瀬が面倒見てくれるから。桃瀬、頼んだぞ!」  後ろの席にいる目鼻立ちのはっきりした生徒が、元気良く手を上げた。 「はーい。周防、授業終わったら案内するから、ヨロシクな!」  サラサラの真っ直ぐな黒髪を揺らしながら、気さくなイケメン桃瀬と呼ばれた生徒が、白い歯を見せながら笑いかけてくる。  クラス委員なんて面倒なことをわざわざするなんて、お人よしなのかバカなのか――はたまた、ただの目立ちたがり屋なのか。  内心苦笑しながら、指定された席に着いた。  そして授業が終わり、クラス委員の桃瀬に、校内の案内をしてもらう。 「ここの造りは、基本的に学院と変わらないって噂で聞いてるんだけど、実際どうだ?」 「ああ、大差ない。お陰で迷子にならずに済みそうだ」  笑いながら答える俺を、じっと見つめた桃瀬。その視線を、不思議に思って首を傾げた。 「……何?」 「あ、その。何となくなんだけど、周防のその右目の下のホクロ、色っぽいなと思って」  少しだけ頬を赤く染めながら、ワケの分からないことを言われても、正直困ってしまう。 「これ……俺自身は、あまり好きじゃないんだけど」  人相占いでも、あまりいいことが書かれていなかった記憶がある。レーザーで取ることも出来るが、そうまでして運勢を変える気にもなれなかった。 「悪い、気にしてるトコ突っついて。それがあるのとないのじゃ、印象が変わるなぁって思ったんだ。勿論、俺の中では良い方の印象だぞ」 「そんな感じなんだ、ふぅん」  ホクロ以外、あまり見た目を気にしたことがなかったから、こういう風に感想を告げられ、何と答えていいのやら。  どこか、くすぐったいような感じの妙な印象を受けた。 「あとさ……」 「何だよ?」  どこか言いにくそうな表情を浮かべつつ、窺うようにこちらを見る。 「――周防って、不良なの?」  告げられた言葉の意味が分からず、ぽかんと口が開けっ放しになってしまった。 「そういう風に見える理由を、逆に教えてくれ……」  苦笑いしながら訊ねてみると、ますます顔を赤くさせ、うわぁと叫んで頭を抱える桃瀬。学級委員長をしているのに、しっかりしてるようで全然ダメな奴じゃないか。 「ごっ、ゴメンな! お前のその髪色が結構茶色いしさ、態度もつっけんどんに感じたから、そうなのかなって勝手に思ってしまった」  ペコペコ頭を下げる姿に、自然と笑みが溢れてしまう。 「髪が茶色いのは、小さい頃に水泳教室に通っていたから。つっけんどんな態度なのは、転校初日から、馴れ馴れしいヤツなんていないだろ普通」 「そうか? 自分の印象よくするのに、愛想笑いのひとつくらいはするもんじゃねぇの?」  言いながら頬をポリポリと掻き、視線をあちこちに彷徨わせる。 「そんな風に、深く考え込むなって。ただの人見知りなだけだから」  変な学級委員長だなぁと、自分よりも少しだけ小さい、桃瀬を眺めていたとき。 「あっ、桃瀬くーん!」  廊下の向こう側から、長い髪を背中までなびかせた女子が手を振って、こっちに向かってくる。 「なに?」 「現国のノート、貸してほしいんだけど」 「ああ、それさっきクラスの女子に貸した。戻ってきてからでいい?」  確かに――俺を案内しようと席を立った桃瀬に、女子が集団で取り囲んで、ノートをせがんでいたっけ。 「わかった、あとでね!」  そう言って髪の長い女子は、あっという間に消えて行った。と思ったら―― 「おーい、桃瀬ぇ!」  直ぐ傍にある理科室の扉から、ひょっこり顔を出した女子が、いきなり声をかけてきた。 「ぁあ? なに?」 「英語のノート、ちょっと貸してよ」 「無理、次の授業で使うから」  冷たくあしらうように言って、面倒くさそうな表情を浮かべると、その場から逃げるように歩き出した。  さっきから一体、何なんだ? 桃瀬のノートに、すごい秘密が潜んでいるとか? 「桃瀬のノートって、見やすいから人気があるのか?」  足早に歩くの桃瀬に何とか追いついき、眉を寄せながら小首を傾げると、軽い溜息と一緒に呆れた声が返ってくる。 「そんなんじゃないって。何か女子の間でワケのわからない、まじないが流行っているらしい。そんなモン、効くわけないのにな」 「まじないって、ああ――」  男子の俺から見ても、イケメンだなぁと思わせる桃瀬の容姿。風になびくサラサラで真っ直ぐな黒髪と、男らしさを強調するような太い眉毛の下には、きりりっとした瞳が印象的に映る。  そんな瞳を細めながら、形のいい唇に笑みを浮かべれば、そこら辺にいる女子はみんな、ノックダウンするだろう。  ――だからこそ桃瀬に、食いつかないハズがないんだ。 「誰かと付き合えば、まじないがおさまるのでは?」  おさまるであろう解決策を言ったのに、何故だか浮かない顔をした。 「そうなんだよな。誰かと付き合えば、面倒なことが起こらなくて済むんだよなぁ」  はーっと大きなため息をつきながら切なげな表情を浮かべ、視線を窓の外に向ける。窓から見える景色は、グラウンドが広がる校庭のみ。 「桃瀬、お前――」  誰か他に、好きなヤツがいるんじゃ。そう口にしようとした矢先―― 「おーい、桃瀬!」  今度は、男子からお呼びがかかった。どんだけ人気者なんだ、コイツ…… 「昼休みクラス対抗で、サッカーしようぜ」 「悪い、先約がある。今日はA組とバスケ対抗試合なんだ。明日にしちゃダメか?」 「そっかー、分かった」  悪いなと言いながら、やって来た生徒の肩を親しげにポンポン叩く。 「そうそう、今日学院から編入してきた周防。ヨロシクしてやって」  さりげなく紹介してくれて嬉しかったのだが、心の準備がいかんせん追いつかない。 「周防です、ヨロシク……」  ――もしかして、俺が人見知りだと言ったから、わざわざ紹介してくれたとか? 「おぅ、隣でクラス委員やってる林。周防も明日のサッカー、参加してくれよな」  気さくにバシバシ肩を叩かれ、驚きまくる俺に、笑顔を振りまいて去って行った。 「強制ってワケじゃないんだけど、クラス間の横の繋がりを深められたらいいなって、昼休み遊ぼうぜ企画を立てたんだ」 「面白いことを考えたんだな」  こんな企画、毎日が勉強漬けの学院では、到底考えられない。やる気のないヤツは昼寝しているし、残っているヤツのほとんどが勉強に勤しんでいたから。そもそもクラス間の横の繋がりを、どうこうしようなんて考えるヤツはいない。  遊ぶなんて言葉、久しぶりに聞いたかも―― 「だってさ、高校生活は今だけなんだし。いろいろなヤツとくだらないこと喋り合って、笑っていたいなと思ったんだ」  頭をポリポリ掻き、テレながら告げる桃瀬を羨ましく思う。こんな考え方をするヤツに早く出逢っていれば、俺のひねくれた性格が、少しはマシになっていたかもしれないな。 「桃瀬のお陰で、早く学園に馴染めそうだよ」  微笑んで言った瞬間、はにかんだような笑顔をしながら、 「そうか、それは良かった」  呟くように言い、照れる顔を見られたくないのか、ふいっとそっぽを向いた。  コイツ、いじりまくると面白いかも――そんな悪魔の囁きをした、もうひとりの自分が現れて、コッソリとほくそ笑んだのだった。

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