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Love too late:壊したくない距離感3
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「周防武です、ヨロシクお願いします」
系列の高校を、編入という形で転校した。通う学校の名前が学院から学園になった程度の変化。しかし言えるのは楽園にならないだろうという事実だった。どこに行ってもついて回る成績争いに、ほとほと嫌気がさしていた。
学校でも塾でも互いを牽制しあう姿を見るたびに、そんな暇があるのなら、単語のひとつでも覚えればいいのにと、遠くから白い目で眺めていた学院時代。学園では、果たしてどうなるであろうか。
「校内の案内は、委員長の桃瀬が面倒見てくれるから。桃瀬、頼んだぞ!」
自身の挨拶が終わると、担任が後ろの席にいる目鼻立ちのはっきりした生徒に、校内の案内をわざわざ頼んでくれた。
「はーい。周防、授業が終わったら案内するから、ヨロシクな!」
サラサラの真っ直ぐな黒髪を揺らしながら、気さくなイケメン桃瀬と呼ばれた生徒が、白い歯を見せながら笑いかける。
クラス委員なんて面倒なことをわざわざするなんて、お人よしなのかバカなのか――はたまた、ただの目立ちたがり屋なのか。
内心苦笑しながら、指定された席に着いた。
そして授業が終わり、クラス委員の桃瀬の席にみずから赴く。俺の姿を見た桃瀬は、どこか楽しげに口を開いた。
「ここの造りは、基本的に学院と変わらないって噂で聞いているけど、実際はどうだ?」
「ああ、大差ない。おかげで迷子にならずに済みそうだ」
笑いながら答える俺を、じっと見つめた桃瀬。その視線を、不思議に思って首を傾げた。
「なに?」
「あ、その。なんとなくなんだけど、周防のその右目の下のホクロ、色っぽいなと思って」
少しだけ頬を赤く染めながら、ワケのわからないことを言われても、正直困ってしまう。
「俺自身はこのホクロ、あまり好きじゃないんだけど」
人相占いでも、あまりいいことが書かれていなかった記憶がある。レーザーで取ることもできるが、そうまでして運勢を変える気にもなれなかった。
「悪い、気にしてるトコ突っついて。それがあるのとないのじゃ、印象が変わるなぁって思ったんだ。もちろん俺の中では、良い方の印象だぞ」
「そんな感じなんだ、ふぅん」
ホクロ以外、あまり見た目を気にしたことがなかったから、こういうふうに感想を告げられ、なんと答えていいのやら。どこか、くすぐったいような感じの妙な印象を受けた。
「あとさ……」
「なんだよ?」
桃瀬はどこか言いにくそうな表情を浮かべつつ、窺うようにこちらを見る。
「周防って、グレてるのか?」
告げられた言葉の意味がわからず、ぽかんと口が開けっ放しになってしまった。
「そういうふうに見える理由を、逆に教えてくれ」
苦笑いしながら訊ねてみると、桃瀬は慌てふためき、ますます顔を赤くさせ、うわぁと叫んで頭を抱える。
委員長をしているのに、しっかりしているようで、全然ダメなヤツじゃないか。
「ごっ、ゴメンな! おまえのその髪色が結構茶色だしさ、態度もつっけんどんに感じたから、そうなのかなって勝手に思ってしまった」
椅子から腰をあげて、ペコペコ頭を下げる姿に、自然と笑みが溢れてしまう。
「髪が茶色なのは、小さい頃に水泳教室に通っていたせいかな。塩素のせいで茶色になったんだと思う。つっけんどんな態度なのは転校初日から、馴れなれしいヤツなんていないだろ普通」
「そうか? 自分の印象をよくするのに、愛想笑いのひとつくらいはするもんじゃねぇの?」
言いながら桃瀬は頬をポリポリと掻き、視線をあちこちに彷徨わせる。
「無駄に深く考え込むなって。俺はただの人見知りなだけだから」
変な委員長だなぁと、自分よりも少しだけ背の低い、桃瀬を眺めていたとき。
「あっ、桃瀬くーん!」
廊下の向こう側から、長い髪を背中までなびかせた女子が手を振って、こっちに向かってくる。
「なに?」
「現国のノート、貸してほしいんだけど」
「ああ、さっきクラスの女子に貸した。戻ってきてからでいい?」
俺が桃瀬の席に行く前に、女子が集団で桃瀬を取り囲んでノートを寄こせと、せがんだのを目にしていた。
「わかった、あとでね!」
そう言って髪の長い女子は、あっという間に消えていった。ふたりでそれを見送り、教室を出て廊下を歩きはじめたら。
「おーい、桃瀬ぇ!」
直ぐ傍にある理科室の扉から、ひょっこり顔を出した女子が、いきなり声をかけた。
「ぁあ? なに?」
「英語のノート、ちょっと貸してよ」
「無理、次の授業で使うから」
桃瀬は冷たくあしらうように言って、面倒くさそうな表情を浮かべると、その場から逃げるように歩き出す。
(さっきからいったい、なんなんだ? 桃瀬のノートに、すごい秘密が潜んでいるとか?)
「桃瀬のノートって、見やすいから人気があるのか?」
足早に歩く桃瀬になんとか追いついき、眉を寄せながら小首を傾げると、軽い溜息と一緒に呆れた声が返ってくる。
「そんなんじゃないって。なんか女子の間でワケのわからない、まじないが流行っているらしい。そんなモン、効くわけないのにな」
「まじないって、ああ――」
男子の俺から見ても、イケメンだなぁと思わせる桃瀬の容姿。風になびくサラサラで真っ直ぐな黒髪と、男らしさを強調するような太い眉毛の下には、きりりっとした瞳が印象的に映る。
そんな瞳を細めながら、形のいい唇に笑みを浮かべれば、そこら辺にいる女子はみんな、ノックダウンするだろう。だからこそ桃瀬に、食いつかないハズがない。
「誰かと付き合えば、まじないがおさまるのでは?」
おさまるであろう解決策を俺が言ったのに、隣でなぜだか浮かない顔をした。
「そうなんだよな。誰かと付き合えば、面倒なことが起こらなくて済むんだよなぁ」
はーっと大きなため息をつきながら切なげな表情を浮かべ、視線を窓の外に向ける。窓から見える景色は、グラウンドが広がる校庭のみ。
「桃瀬、おまえ……」
誰かほかに、好きなヤツがいるんじゃ。そう口にしようとした矢先――。
「おーい、桃瀬!」
今度は、男子からお呼びがかかった。どんだけ人気者なんだ、コイツ。
「昼休み、クラス対抗でサッカーしようぜ」
「悪い、先約がある。今日はA組とバスケ対抗試合なんだ。明日にしちゃダメか?」
「そっかー、わかった」
悪いなと言いながら、桃瀬はやって来た生徒の肩を親しげにポンポン叩く。
「そうそう、今日学院から編入してきた周防。ヨロシクしてやって」
さりげなく紹介してくれて嬉しかったのだが、心の準備がいかんせん追いつかない。
「周防です、ヨロシク」
(もしかして、俺が人見知りだと言ったから、わざわざ紹介してくれたとか?)
「おぅ、隣でクラス委員をやってる林。周防も明日のサッカー、参加してくれよな」
林は気さくに俺の肩をバシバシ叩き、笑顔を振りまいて去っていった。
なんの気なしに小さくなっていく同級生を見送っていたら、桃瀬がどこか楽しげに口を開いた。
「強制ってワケじゃないんだけど、クラス間の横の繋がりを深められたらいいなって、昼休み遊ぼうぜ企画を立てたんだ」
「おもしろいことを考えたんだな」
こんな企画、毎日が勉強漬けの学院では、到底考えられない。やる気のないヤツは昼寝しているし、残っているヤツのほとんどが勉強に勤しんでいたから。そもそもクラス間の横の繋がりを、どうこうしようなんて考えるヤツは、学院を探しても誰ひとりとしていない。遊ぶなんて言葉、久しぶりに聞いたかも。
「だってさ、高校生活は今だけなんだ。いろんなヤツとくだらないこと喋り合って、笑っていたいなと思った」
頭をポリポリ掻き、テレながら告げる桃瀬を羨ましく思う。こんな考え方をするヤツに早く出逢っていれば、俺のひねくれた性格が、少しはマシになっていたかもしれない。
「桃瀬のおかげで、早く学園に馴染めそうだよ」
ほほ笑んで言った瞬間、桃瀬ははにかんだような笑顔をしながら、
「そうか、それは良かった」
呟くように言い、照れる顔を見られたくないのか、ふいっとそっぽを向いた。
(コイツ、いじりまくるとおもしろいかも――)
そんな悪魔の囁きをした、もうひとりの自分が現れて、コッソリとほくそ笑んだのだった。
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