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Love too late:壊したくない距離感4
***
昼休みおこなわれた、クラス対抗のバスケを見学していたら、他のクラスのヤツにも、気さくに声をかけてもらえた。
「桃瀬って運動神経抜群なのに、どうして部活、入ってないんだ?」
授業が無事に終わり、帰る方向が同じこともあって、バス停でふたり並んで待ちぼうけをしている。
「ん~、家でひとりの時間を満喫したいから」
桃瀬はカバンから本を取り出し、メガネをかけて読みはじめた。
学校では常に誰かと一緒にいて、ニコニコ笑っている桃瀬。いつも誰かといたら、ひとりになりたい時間が欲しくなるのが、容易に想像ついた。
そんな俺は、学院で誰ともつるむことがなかったのもあり、こうして桃瀬といるのが不思議な気分。まるで、昔からの友達みたいな感覚だった。
「桃瀬は本、好きなんだ?」
彼には変に気を遣うことなく、気軽に質問もできてしまう。
「ああ、周防はなにか読まないの?」
「本を読む暇があったら、単語のひとつでも覚えろって、母親が煩くてね。塾を二つ掛け持ちさせられて、毎日ヒーヒーだよ」
父親の経営している病院を継がせようと、必死に教育ママをしている母親。反抗するのも面倒くさいので、大人しく言うことをきいている。
「ウチは、姉ちゃんが煩くてさ。本ばかり読んでいるから成績が落ちてるって、怒鳴り散らしてくるんだ。周防が通ってる塾って、良さげな感じ?」
本から視線を俺に向けた桃瀬は、眉間にシワを寄せながら訊ねた。
「ああ。能力別にクラスが分かれていて、授業も丁寧に教えてくれる」
「行きたくないんだけど、このまま成績が下がるのも困っちゃうから、塾を探しているんだ」
やれやれといった感じで肩を竦め、苦笑いする桃瀬。お互い大学受験を控えた身だからこそ、大変なのは変わりないってことか。
「じゃあ塾の案内、貰ってきてやるよ。二つの内、自分に合いそうなところに申し込めばいいさ」
「サンキュー、助かる」
桃瀬はひとつため息をつき、視線を本に戻す。熱心に読むなと思い、じっと端正な横顔を見つめていたら、戻したばかりの視線を、なぜか上目遣いで向こう側にあるバス停に向けた。
(――気になるものでも、なにかあるのか?)
興味に惹かれ、桃瀬の視線の先を辿ると、有名私立中学の学生が数人、バスを待っていた。その中でも目鼻立ちの整った、清楚でキレイな感じの男子中学生が目に留まる。
一瞬、女子かと思うような容姿をしている美少年――ふわふわの茶色い猫っ毛が、ふっくらした頬にかかっていて、大きな瞳をなぜか落ち着きなく、キョロキョロさせた。
じっと見ているこっちと視線が合うと、男子中学生は慌てて視線を逸らす。長い睫が影を作って、愁いを帯びた瞳を際立たせている感じに見てとれた。
(確か男子だけの中学だから、飢えた先輩に狙われる、子羊ちゃんキャラみたいな感じだったりして?)
そんなことを考えた自分がキモくなり、視線を隣の桃瀬に戻すと、まだ正面を見つめたままだった。
飢えた野獣の瞳にも見えるまなざしに心当たりのあった俺は、慌てて声をかける。
「桃瀬、おまえ――」
「んあ? どうした?」
狼狽えた俺の声に反応した桃瀬は、メガネのフレームをあげながら、不思議そうな顔でこっちを見た。
「ぁあ、あのさ今度おもしろそうな本、貸してほしいと思って」
知りたいけど、わかりたくないかも。桃瀬が同性のことを好きかどうかなんて、そんな恐ろしいこと。
残念なことに向こう側のバス停には、異性がひとりもいなくて、桃瀬があの中の誰かに心惹かれている事実が、見た目でわかってしまった。
「ジャンルは、どんなの読んでみたいんだ?」
メガネの奥の瞳を細め、嬉しそうに訊ねてくる桃瀬。
なんてもったいない――イケメンで性格も良くて人気者のコイツなら、どんな女子でも手に入るというのに。まじないをしても、好きな相手がいるのなら効かないハズだ。
「おい周防、俺の話をちゃんと聞いてる?」
端正な顔が寄せられ、目の前に迫った。切れ長で綺麗な二重の瞳にじっと見つめられて、一瞬吸い込まれそうな錯覚に陥る。
メガネのレンズに映る、赤面して困った顔の自分。その気のない俺でもドキドキさせる桃瀬の美貌って、どんだけすごいんだ。
(――ってことは女子だけじゃなく、男子にも有効ってことだよな)
「……桃瀬のオススメにまかせる」
「そっか、おまかせね。楽しみにしてろよな」
桃瀬は俺の言葉に嬉しそうな表情を浮かべ、白い歯を見せて爽やかに笑う。
こんな顔で迫られたら、断ることができるだろうか? 迫られるということは、つまり――。
「ゲッ!?」
「周防、さっきからどうしたんだ、大丈夫か? 顔が赤くなってる」
「な、なんでもないって」
一瞬、脳裏を過ぎった桃瀬と自分の姿に、赤面せずにはいられない。
桃瀬はあたふたする俺を心配そうな面持ちで覗き込んでから、オデコに手を当てた。その手は気持ちいいと感じてしまうくらい、ヒヤリとしたもので、自分の体温があがっているのが、嫌というほどわかってしまう状態だった。
「悪かったな。編入初日にあちこち連れまわして、無理させちゃったかも。少し熱がある」
「大丈夫だって。俺って人より体温が高いから」
「そうなのか?」
俺のオデコに当てていた手を、自分のオデコに当てて比較する桃瀬。
「周防が言ってくれた、俺のおかげで学園に早く馴染めそうって言葉が、すっげぇ嬉しくってさ。俺って相手の気持ちを無視して、ついお節介焼いちゃうから、迷惑だったら言ってくれ」
「迷惑なんて、全然そんなことない。いろんなヤツに引き合わせてくれて、むしろ感謝しているし」
あー、ビックリした。桃瀬の美貌に一瞬やられて、無駄にドキドキしてしまった。
「そっか。あ、バスが来たぞ。乗ろうぜ」
手早く本とメガネをカバンにしまうと、お節介という言葉を実践すべく、後ろから強引な力で俺を押す。
「桃瀬?」
「とにかく、席が空いてたら座れよな。周防、疲れてるだろうから」
いらない気遣いに苦笑いして、小さな声で礼を言ってから、座席に着かせてもらった。
(ホント、無駄にお節介焼きなんだから――)
愛想笑いのひとつもうまくできない俺は桃瀬に向かって、なんとかほほ笑んでみる。それを見て、桃瀬も同じように笑った。
「なんか周防とは、昔からの友達みたいな感じがする、不思議だな。一緒にいて楽に感じる、どうしてかな?」
「あ、俺もさっき同じこと思った。スムーズに会話が弾むからさ。初めて逢ったばかりなのに」
疑問に思っていたことを口にすると、桃瀬はふわりと柔らかく笑う。それが心の底からといった感じで、俺まで嬉しくなってしまった。
「周防、俺ってこんなヤツだけど、末永く仲良くしてくれよな!」
「ああ、ヨロシク」
生まれたばかりの友情を確かめ合った俺たちを乗せて、バスは目的地へと発車する。バスに揺られながらかわす俺たちの会話は、途切れることがなかったのだった。
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