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Love too late:壊したくない距離感5

 ――次の日。ぶらりとひとり廊下を歩いて、学園を案内してくれたときに、桃瀬が遠くを眺めたあの窓際に立ってみた。  窓からの景色は、グラウンドが広がる校庭のみと思っていたのに、よく見ると木々の隙間から少し離れた所にある、有名私立中学校の校舎が、しっかりと見えるではないか。その様子がまるで、桃瀬の気持ちを隠しているように思えてしまい―― 「いいヤツだけに、かなり複雑な気分……」  昨日たくさん交わした桃瀬との会話で、イヤというほど人の良さを感じることが出来た。それなのに――何だって同性なんて好きになるかな。  思わず眉根を寄せて、はーっと深いため息をついてしまった。  完璧すぎるヤツだから神様がちょっとイタズラして、そこら辺をいじったとか?  もう一度ため息をついてから、重い足取りで教室に戻ると、扉の前で誰かとぶつかってしまった。 「悪いっ、ぼーっとしていて……」  教室を出ようとしていたヤツに道を譲るべく、頭を下げて謝りながら体を退けたら、いきなり左腕を掴まれる。 「周防っ!」  相手は桃瀬でその表情は、何かすごく真剣な顔をしていた。 「な、なんだ?」  まるで鬼気迫る勢いだぞ? ワケが分からなくて、顔を引きつらせるしかない。 「……学ラン脱げ」 「は――!?」  唐突に告げられた言葉に固まるしかない。困惑してあたふたしている俺に、クラスの誰かが笑いながら、大きな声で教えてきた。 「周防諦めろ。桃瀬のオカン機能が発動したら、誰にも止められないから」  ――オカン機能って何だよ、それ? 「脱がないなら俺が脱がしてやる。じっとしてろ」 「ちょっ、ちょっと待てって!」  これじゃあ昨日の、妄想の続きみたいじゃないか。  待てと言ってるのに、さくさくっとボタンを器用に外して、さっさと学ランが脱がされ―― 「ほら、これは何だ?」  目の前に展開されたのは、さっき引っ掛けてしまった、ぷらんぷらんしているブランコ状態の左袖のボタンだった。 「そんなの、帰ったら親に直してもらうし、いいよ」 「ダメだ! 制服の乱れは、心の乱れだからな」  風紀委員長が言いそうな台詞を言い放ち、素早く自分の席に座ると、カバンからソーイングセットを取り出す。 (どうしてコイツ男子のクセして、ソーイングセットなんて持ってるんだ?)  俺の学ランから力任せにボタンを外して、手際よく器用に縫い付けていく姿は、まるで母親のよう……  その様子を、扉の前で顔を引きつらせ、じっと見ていると、クラスの誰かが肩を優しく叩いてきて、更に詳しく教えてくる。 「周防、驚いたろ。これがウチのクラスの名物、女子よりも料理上手で、いろんな裁縫もこなしちゃう、イケメンで乙女な委員長様だ。跪いた方がいいぞ」  ――イケメンで乙女な委員長様……桃瀬って一体、何がどうなってんだ?  唖然としてる間にボタンが縫い付けられ、ほらよと言いながら、学ランを肩にかけてきた。 「ありがと、お前ってすごいな」 「そんなことないって。何かそういうのすぐに直さないと、気が済まないっていうか」 「……普通の男子は、ソーイングセットなんて持ち歩かないから。これも、お姉さんの教育か?」  学ランをいそいそ着て、ボタンをはめながら訊ねてみる。 「ああ。でも料理や裁縫は、母親から教わった」  そんなの当たり前だといわんばかりに、笑いながら告げられてもな。――教えられるまま言われるまま素直に従って、育てられたというワケか。 「桃瀬、お前はお姉さんの都合のいい弟として、教育されたんだな」 「は!?」 「じゃあ聞くけどさ、お姉さんはお前が出来ること、全部出来るのか?」  俺からの質問で、顎に手を当てて考え始めた桃瀬。やがて―― 「今まで姉ちゃんに、これくらい出来ないと、一人前の男になれないって言われたんだ。だから、きちんとやらなくちゃと思って……」  純真で真っ直ぐな性格しているから、騙されていても気がつかないワケか。羨ましいというべきか、可哀想というべきか。  困った顔した桃瀬に俺は、ぽんぽんと優しく肩を叩いてやった。 「落ち込むな桃瀬。お姉さんは何も出来ないということで、嫁にいけないというリスクを背負ったと思うぞ。早く結婚して、見返してやればいい」 「うっ、周防ぅ~……」  ウソ泣きした桃瀬にひしっと抱きつかれ、一瞬ドキッとしたけど。  コイツを守っていかなきゃ――そんな感情が湧き上がり、優しく背中を撫でてやる。  ドキッとしたのは桃瀬の美貌のせいで、邪な感情からではない。友達として助けていけたらなって、このときは純粋に考えていた。

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