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Love too late:おとしもの2

 慌てて病院を閉め、昼ご飯も食べずに桃瀬の家に向かってやった。 「悪かったね。本当はもっと早く来たかったんだけど、患者さんが立て込んじゃって」 「いえ、こちらこそ。お忙しいところ、有り難うございます」  桃瀬の恋人涼一くんは、にこやかに対応し、寝室に誘ってくれる。ベッドで寝ている桃瀬の顔を覗き込んでみたら、ビックリするほどやつれていた。 「おい、こらっ! 不良患者め。何だその、ゾンビみたいな顔は」 「……あ、周防。ゲホゲホッ! 来てくれてありがとな……」 「麗しの美貌が台無しじゃないのさ。さっさとお尻を出しなさい、周防スペシャルをぶち込んでやるからー」  足元に置いたカバンから、聴診器をいそいそ取り出して、桃瀬の額に当ててやる。 「お尻はヤダ……ゴホゴホッ。もう変なこと言って、俺の元気度を測るのやめてくれよ。涼一がお前のこと、不振がっているぞ、ゴホゴホッ!」  おぅおぅ、言ってくれるじゃないの。多少の元気は残ってるみたいだな。  桃瀬が頭を上げて、寝室の隅っこにいる涼一くんをわざわざ見た。その視線に応えるように、もじもじと話し出す。 「あの、えっと、周防さんのことは信頼していますので。僕のインフルエンザを、瞬く間に楽にしてくれたですし」 (――何をのん気なこと言ってんだ、コイツ)  その言葉にイライラして、涼一くんを睨んでしまった。 「こんなになったももちんも悪いけど、傍で見ていてどうして無理させたの?」  イライラついでに、文句を言ってやる。 「周防、それは俺が――」  なのに涼一くんを擁護しようと、桃瀬が口を開いた。苛立ちに余計、拍車がかかるじゃないのさ! 「患者は黙ってなさい! どうなの涼一くん?」 「無理はしないようにって、声はかけていました。だけど――」  ――だけど、だと? 「ふざけんな! 言い訳すんなよ!」  俺の怒鳴り声に、肩を震わせてビクつく。 「俺にとっても桃瀬は、大事なヤツなんだ。この時期は、毎年ぶっ倒れているからな。小まめに連絡とって、注意を促していたさ。だけどな俺の言うことよりも、アンタの言うことの方が、きちんと聞くだろう?……恋人なんだし」  悔しいが、ただの友達じゃ何も出来ないんだ。恋人の言うことなら、桃瀬は喜んで聞くだろう。  自分の怒りをやり過ごすべく、奥歯をギリッと噛みしめる。 「今度からは押し倒すなりして、無理矢理にでも休みを取らせろよ。ついでに連絡を寄こせ。往診してやるから」  はじめから考えていた台詞を、棒読みで言ってやった。イライラした感情を、これ以上出さないようにするのが精一杯だ。 「はい……以後気をつけます。すみませんでした」  しょんぼりしながら答える涼一くんに、憐れみの視線を飛ばす桃瀬。そして―― 「周防ってば、そんなに怒るなよ。元はといえば俺が悪いんだし。ゴホゴホッ! お前が涼一をそんな風に責めてる姿……見たくない」  咳き込みながら俺を責める言葉に、怒りが一気に頂点に達してしまった。両手で桃瀬の胸倉を掴んで、ぐいっと引き寄せてやる。 「それはこっちの台詞だっ! 疲れ切ってるお前を見過ごしてるあのコが、絶対に許せないんだよ。一番近くにいるのに、どうして――」  俺が傍にいたら、こんなことには絶対しなかった。 「ゲホゲホッ! すっ、周防ぅ……」  もっと労わってやって、愛してやるのに――  いろんな感情が入り混じり、どうしようもなくなって、桃瀬の身体に両手を回して、ぎゅっと抱きしめる。 「桃瀬、頼むから……これ以上、心配させないでくれ。心臓が止まるかと思った」  身体に伝わる桃瀬の体温が、妙に心地いい。これが俺のことを想ってくれる熱だったら、すごくいいのに――  両腕に力が入りかけたとき、身体を両手で押し返される。 「ホント心配させて、ゴホゴホッ、悪かった。これからはお前の言うことと、涼一の言うこと聞くから、もう勘弁してくれ」  勘弁してくれ、か。今の俺にその言葉は、結構酷なことなんだぞ。どんなに想っても、手の届かないことを実感させられるからな。 「進んで、そうしてくれると助かる。早速注射するから、どっちかの腕、出して」  無理矢理気を取り直して咳払いをし、足元に置いてあるカバンから渡そうと用意していた薬を、素早く取り出した。 「涼一くん……」 「は、はいっ!」  振り返って呼んでやると、ビクビクしながら俺を見る。八つ当たりしたんだから当然か―― 「キツイこと言って悪かったね。これ、あとで飲ませてやって。気管支拡張剤とか、モロモロ入っている薬だから」  涼一くんへ押し付けるように手渡すと、恐るおそる受け取った。そんな態度に、またイライラしてしまって、眉間にシワを寄せてしまう小さな自分。 「そんな頼りない顔しないの。安心して、ももちん任せられないでしょ」 「すみませんっ! 頑張ります!!」  涼一くんの言った今更ながらの言葉に、内心舌打ちをする。だけどこっちを見つめる視線は、曇りがまったくなく真っ直ぐで、自分との違いを思い知らされた。 「変わらないね、あの頃と……」 「え――!?」 「桃瀬と一緒にバスを待ちながら、ぼんやりと見ていたから。何だかそのまま、大きくなった感じに見える」  涼一くんの素直さのお陰で、自分の毒気が一気に抜かれてしまった。 「あの、すみません。僕イマイチ覚えてなくて」  そりゃそうだろ。桃瀬しか見えていなかったんだろうから。 「周防、お前――」 「ももちん、腕まくりは出来たの? すっごく痛いの、注射してあげるからね」  涼一くんとの会話をぶっち切り、消毒液が滴った脱脂綿を、桃瀬の目の前に見せて、ニッコリと微笑んでやった。注射が大の苦手な桃瀬にとって、恐怖の瞬間。少しくらいは反省しろよな。 「周防先生っ、痛くないのでお願いします」 「分かってるってば。だから、赤ちゃん用の針を用意してるし。グリグリッと差し込んで、優しく注入してあげるからね」 「その表現やめてくれ、ゴホゴホッ、痛みが身にしみる感じする」  そんな俺たちのやり取りを部屋の隅から、微妙な表情をしてじっと見つめている涼一くんを、こっそりと横目で確認した。  俺の気持ちがこのコにバレたとしても、関係ないだろう。手遅れの恋を知られたところで、このふたりの想いはぶれることがない。  時々視線を交わし合う姿を見て、痛感してしまったのだから――

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