14 / 128
Love too late:おとしもの3
桃瀬に注射をして、これまでどんな生活をしていたかを根掘り葉掘り尋問してる最中、息を引き取るように眠りについてくれた。
「あっあの、お茶でもどうですか?」
あどけなく寝ている顔を見てから頭を優しく撫でて、ゆっくりと立ち上がる俺に、声をかけてきた涼一くん。
「ごめんねー。これから済ませなきゃいけない用事があるから帰るよ」
まくし立てるように告げてやる。長居は無用――涼一くんに対しいらない嫉妬をして、口撃しそうな自分がいるからだ。
何か言いたげな顔した涼一くんの横を、さっさと通り過ぎ、急ぎ足で玄関に向かう。そして靴を履き、くるりと後ろを振り返った。
「じゃあね」
手短に挨拶をし、素早く出て行こうとしたら、いきなり腕を掴まれる。
「……なに?」
掴まれた腕と涼一くんの顔を交互に見やると、更にぎゅっと力を入れて握りこんできた。
「えっと指示ください。この後、どうすればいいですか?」
その様子はもう必死って感じ。そんなに一生懸命になって、俺と何を話したいんだか。
「なーんだ、ももちんが寝てる間に涼一くんから、迫られるのかと思ったのにさ。残念」
緊張を解くべく、ありえないことを言ってやると、ぶんぶんと首を横に振った。
「そんな大胆なこと、しませんし出来ません!」
「そうなんだ、へぇ」
いい感じの拒否っぷりだね。
「それに周防さんは、郁也さんのこと、す――」
言いかけて口をパクパクしてから、きゅっと引き結んだ。顔にはヤバイと、しっかり書いてある。
「なに、どうしたの?」
「すみませんっ。そのあの周防さんは郁也さんのこと、すっごく大事にしているので、見習わないといけないなって」
さすがは桃瀬が大事に育てている小説家、上手いこと言葉を誤魔化してくれたね。だけど――バレているのならしょうがないか、認めてやるよ。
「……大事にするさ、好きなんだから」
「周防さん――」
(そんな憐れんだ目で見るな。同情なんて、まっぴらゴメンだ)
俺が瞼を伏せると、涼一くんは掴んでいる腕を恐るおそるといった感じで、やっと外した。握りしめてるカバンの持ち手に、意味なく力が入る。
「僕の男に手を出すな、とか言わないの?」
そんな涼一くんの態度にまたイラついて、思ってもいないことを、つい口にしてしまった。
「いえ、そんなことは……」
ウソをつくな。桃瀬とふたりで話をしてたとき恨めしそうな顔、思いっきりしていたじゃないか。
「涼一くんには責める権利あるんだよ。高校生のとき、お互いに想い合っていたのを知っていて、俺は邪魔したんだから」
ここは徹底的に、俺のことを嫌いになってもらおう。そうすればこのコを、キズつけずに済むから――
「責めることなんてしません。ありがとうございますって言っておきます」
信じられないセリフに、目を見開いて首を傾げた。何を考えているんだ?
「驚いた……何で礼なんて言うんだ? 罵られること俺はしているんだよ」
罵るどころか、恨んだっていいんだ。
「僕が周防さんの立場なら、同じことをしていたと思って。好きな人は誰だって、捕られたくないものですし」
「うん――」
寂しげに告げた、涼一くんの言葉で思い出す。
俺の目の前を幸せそうに誰かと去って行く、桃瀬を見るのがすごく辛かった。
「それに早く出逢って付き合っていたら、早く別れていたかもしれませんよね。その可能性を潰してくれたので、お礼を言ったまでなんです」
適わない――俺にはこんなこと考え付かない上に、自分の中にあるドス黒い感情が、更に浮き彫りにさせられた感じがする。
桃瀬を誰のものにしたくなくて、邪魔をしたり裏工作をしたり……さっきだって涼一くんに嫉妬して、八つ当たりをしたのに。そんな自分に礼を言うなんて、信じられない。
だけど……ひとつ言えることは――
「――桃瀬の相手が、涼一くんで良かった」
素直に思ったことが、口から零れるように出てしまった。
「えっ!? 周防さん?」
「何て言うかな。桃瀬の全部を優しく包んでくれそうな、そんな気がしたから。俺はいつまで経っても、友達以上の関係になれないしね」
言いながら自嘲的に笑いかけると、いきなりガバッと抱きしめられ――
「僕……これからもっと、郁也さんのこと大事にします。寝込むようなことは、絶対にさせませんから……っ」
最後は、震えるような声色で告げられた。
「ごめんなさい、周防さん……」
「何で謝るのさ。しかもこんな風に、抱擁される覚えはないんだけど」
謝ってくれるな。優しくしてくれるな。今の俺にはどれも、痛手にしかならない――
「うわっ。思わず何も考えずに、抱きついちゃいましたっ。けして、深い意味とかありませんから!」
慌てて両手を上げて、万歳したまま赤面する涼一くん。
「桃瀬が見たら卒倒するだろうな。妬かれるのも悪くはないかも」
俺が鼻で笑ってやると、余計あたふたする。
「そのことでふたりが、言い争っちゃったりとかしてほしくないです。このことはご内密に――」
「冗談だよ、真に受けるなって。気苦労は老けるよ」
頭ひとつ分小さい涼一くんの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でてやった。猫毛のような髪質をしているせいか、指に絡み付いてくる柔らかい茶色の髪の毛が可愛いかも。
「気苦労と言えば桃瀬があんなんだから、これからも大変だろうけど」
「あんなん?」
撫でられながら肩をすくめて、どこか困った顔して聞いてくる。
「ほらほら、自分の美貌に無頓着でしょ。そのクセお節介焼いて、他人にアレコレするもんだから、その親切を愛情と勘違いする輩だって現れちゃうし。こっちの気持ちにはすっごく鈍感な上に、思っていることを伝えるのが苦手だから、すれ違ったりするしね」
「仰るとおりです。ヤキモキさせられてます」
苦笑いを浮かべた涼一くんの背中を、バシンと叩いた。
「いたっ!!」
「俺の親友任せるんだから、ちゃんと面倒見てやってよ。早く風邪を治すには、休息と栄養のある料理と愛情があれば、大丈夫だからさ」
「栄養のある料理……」
「愛があれば、何とかなるって。頑張りなさい!」
困り果ててるところを見極め、額にデコピンして気合を入れてやる。
ここに来たときよりも、気分が晴れやかに帰宅できることに笑みを浮かべながら、桃瀬宅をあとにした。
ともだちにシェアしよう!