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Love too late:おとしもの3

 怯える桃瀬に注射をして、これまでどんな生活をしていたかを、根掘り葉掘り尋問してる最中に、息を引き取るように眠りについてくれた。 「あっあの、周防さん、お茶でもどうですか?」  あどけなく寝ている顔を見てから頭を優しく撫でて、ゆっくりと立ち上がる俺を見た涼一くんが、弱々しい声で話しかけた。 「ごめんねー。これから済ませなきゃいけない用事があるから帰るよ」  まくし立てるように告げてやる。長居は無用――涼一くんにいらない嫉妬をして、口撃しそうな自分がいるからだった。  なにか言いたげな面持ちの涼一くんの横を、さっさと通り過ぎ、急ぎ足で玄関に向かう。そして靴を履き、くるりと後ろを振り返った。 「じゃあね」  手短に挨拶をし、素早く出て行こうとしたら、いきなり腕を掴まれた。 「……なに?」  掴まれた腕と涼一くんの顔を交互に見やると、さらにぎゅっと力を入れて握られた。 「えっと指示をください。この後、どうすればいいですか?」  その様子は、見るからに必死って感じだった。そんなに一生懸命になって、俺となんの話がしたいんだか。 「なーんだ。ももちんが寝てる間に、涼一くんから迫られるのかと思ったのにさ。すっごく残念」  緊張を解くべく、ありえないことを言ってやると、涼一くんは首を横に何度も振った。 「そんな大胆なこと、しませんしできません!」 「そうなんだ、へぇ」  いい感じの拒否っぷりだね。 「それに周防さんは郁也さんのこと、す――」  言いかけて口をパクパクしてから、きゅっと引き結ぶ。俺を見る瞳はせわしなく動き、顔にはヤバイとしっかり書いてある。 「なに、どうしたの?」 「すみませんっ。その周防さんは郁也さんのこと、すっごく大事にしているので、見習わないといけないなと思ったんです」  さすがは桃瀬が大事に育てている小説家、うまいこと言葉を誤魔化してくれたね。だけどバレているのならしょうがないか、認めてやるよ。 「……大事にするさ、好きなんだから」 「周防さん――」 (そんな憐れんだ目で見るな。同情なんて、まっぴらゴメンだ)  俺が瞼を伏せると、涼一くんは掴んでいる腕を恐るおそるといった感じで、やっと外した。解放された反動で、握りしめてるカバンの持ち手に、意味なく力が入る。 「涼一くん、僕の男に手を出すな、とか言わないの?」  俺を慮る涼一くんの態度にまたイラついて、思ってもいないことを口にしてしまった。 「いえ、そんなことは……」  ウソをつくな。桃瀬とふたりで話をしてたとき、恨めしそうな表情を思いっきり晒していたじゃないか。 「涼一くんには、責める権利があるんだよ。俺たちが高校生のとき、桃瀬と涼一くんが両想いなのを知っていて、俺は邪魔したんだから」  ここは徹底的に、俺のことを嫌いになってもらおう。そうすればこのコを、キズつけずに済む。 「責めることなんてしません。ありがとうございますって言っておきます」  信じられないセリフに、目を見開いて首を傾げた。いったい、なにを考えているんだ? 「驚いた……なんで礼なんて言うんだ? 罵られることを俺はしていたんだよ」  罵るどころか、恨んだっていいというのに。 「僕が周防さんの立場なら、同じことをしていたと思って。好きな人は誰だって、捕られたくないものですし」 「うん――」  寂しげに告げた、涼一くんの言葉で思い出す。俺の目の前をしあわせそうに誰かと去って行く、桃瀬を見るのがすごくつらかった。 「それに早く出逢って付き合っていたら、早く別れていたかもしれませんよね。その可能性を潰してくれたので、お礼を言ったんです」   涼一くんにはかなわない――俺にはこんなことを考えつかない上に、自分の中にあるドス黒い感情を、さらに浮き彫りにさせられた気がする。  桃瀬を誰のものにしたくなくて、邪魔をしたり裏工作をしたり……さっきだって涼一くんに嫉妬して、八つ当たりをしたのに。そんな自分に礼を言うなんて、本当に信じられない。  だけど……ひとつ言えることは――。 「桃瀬の相手が、涼一くんで良かった」  素直に思ったことが、口から零れるように出てしまった。 「周防さん?」 「なんて言うかな。桃瀬の全部を優しく包んでくれそうな、そんな気がしたから。俺はいつまで経っても、友達以上の関係になれないしね」   言いながら自嘲的に笑いかけると、いきなりガバッと抱きしめられた。 「僕これからもっと、郁也さんのこと大事にします。寝込むようなことは、絶対にさせませんから……」  最後は、震えるような声色で告げられた。 「ごめんなさい、周防さん」 「なんで謝るのさ。しかもこんなふうに、抱擁される覚えはないんだけど」  謝ってくれるな。優しくしてくれるな。今の俺には、どれも痛手にしかならない。 「うわっ! 思わずなにも考えずに、抱きついちゃいました。けして、深い意味とかありませんから!」  慌てて両手を上げて、万歳したまま赤面する涼一くん。 「桃瀬が見たら卒倒するだろうな。アイツに妬かれるのも悪くはないかも」  俺が鼻で笑ってやると、目の前で余計あたふたする。 「そのことで、仲のいいふたりが言い争いなんてしてほしくないです。このことは、どうかご内密に――」 「冗談だよ、真に受けるなって。気苦労は老けるよ」  頭ひとつ分小さい涼一くんの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でてやった。猫毛のような髪質をしているせいか、指に絡み付いてくる柔らかい茶色の髪の毛が、かわいい感じだった。 「気苦労と言えば桃瀬があんなんだから、これからも大変だろうけど」 「あんなん?」  涼一くんは俺に撫でられながら肩をすくめて、どこか困った顔で訊ねた。 「ほらほら、自分の美貌に無頓着でしょ。そのクセお節介を焼いて、他人にアレコレするもんだから、その親切を愛情と勘違いする輩だって現れる。しかもこっちの気持ちにはすっごく鈍感な上に、思っていることを伝えるのが苦手だから、すれ違ったりするしね」 「仰るとおりです。ヤキモキさせられています」  苦笑いを浮かべた涼一くんの背中を、バシンと叩いた。 「いたっ!!」 「俺の大事な親友をまかせるんだから、ちゃんと面倒を見てやってよ。早く風邪を治すには、休息と栄養のある料理と愛情があれば、絶対に大丈夫だからさ」 「栄養のある料理……」 「愛があれば、なんとかなるって。頑張りなさい!」  困り果てるところを見極め、涼一くんの額にデコピンして気合を入れてやる。  ここに来たときよりも、気分が晴れやかに帰宅できることに笑みを浮かべながら、桃瀬の自宅をあとにした。

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