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Love too late:おとしもの4
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桃瀬の家に行くときは、二人の仲の良さをきっと見せつけられるんだろうなと、どこか躊躇した気持ちがあったけど、今は清々しい気持ちに満たされていた。
(今までこんなに、完敗って思ったことがなかったしな。涼一くんになら安心して、桃瀬を任せられる。うん――)
はじめは頼りなさを感じ、こんなヤツには桃瀬を渡せないってイライラしちゃったけど。何とかして俺を攻略しようと、いろいろ行動する姿に驚かされつつ胸を打たれた。
攻略なんて言葉はダメか。桃瀬が聞いたら発狂するだろう。俺にガバッと抱きついてきた涼一くんを見たら、一体どうなっていたか――これはこれで、娯楽になるな。
笑みを浮かべて、澄んだ秋空を眺めた。底抜けに明るい青が、差し込むように目に眩しく映る。これくらい俺の心も綺麗だったらな――
そんなことを考えていたら、ポケットに入っているスマホが震えた。画面を確認すると、さっきまで死んだように寝ていた桃瀬からだった。
おや、思っていたよりも目覚めが早いな。もっと薬を盛っておけば良かったか――まったく大人しく寝ていればいいのに、変に気を遣うんだから。
やれやれと思いながら、ゆっくりと電話に出る。
「もしもーし。もうお目覚めとは早すぎるんじゃないの。ゆっくり休みなさいって」
呆れながら、ぼやくように言ってやった。
「悪かったな周防、迷惑かけてさ。昼からオフだったろ?」
「オフってわけでも、なかったけどね」
「……お前こそ、ちゃんと休みとってるのか? 疲れた顔してたし」
こっちの心配をする言葉に、胸がじわりと熱くなる。耳の傍で響く、桃瀬の声が心地いい――
嬉しくて口元に、つい笑みが浮かんでしまった。
「バカにしないでよ。きちんと休息しているってば」
「そうか。何かイラついてたから、疲れが溜まってるのかと思ったんだが」
それって、涼一くんに八つ当たりしたことだろう。歩きながら視線を伏せて、小さいため息をついた。
「イラつきもするさ。あんな桃瀬の姿、見たくなかったし。涼一くんは俺を見て、おどおどしているし」
「怒ってるお前は、俺だって怖いぜ。普段仏のような優しい顔してるから、尚更なんだ」
――そんなに優しい顔、している覚えはないんだけど。
「とにかくっ、もうこんな往診は、まっぴらゴメンだからね。倒れる前に病院に顔、出しなさいよ」
次の角を右に曲がって真っ直ぐ突き進めば、自宅である病院に着く。電話をしながら視線をそちらに向けると、病院前にある塀を背にして、伺うようにこっちを見る男を発見した。
(む……? 小児科の患者にしては、デカすぎるぞ――)
「分かってるって。親友の言うことは、きちんと聞くから」
――親友、ね……
「親友の前に俺は、医者だっつーの! 手を煩わせてくれるなよ」
いろんな悔しさを噛みしめ、カバンの持ち手をぎゅっと握り、足を進めると、こっちを見ていた男が、わざわざ向かってやって来る。身に着けているエンジ色のブレザーは、涼一くんが通っていた学校の、高等部の制服だ。
「周防ホント、ありがとな。お前がいてくれて良かった」
桃瀬の言った言葉が片耳に入りながら、もう片方の耳は向かい合った男から告げられた、艶のあるバリトンボイスが忍び込むように入る。
「そんな寂しそうな顔して、泣かないで?」
切なげに微笑むと、音もなく顔を寄せてきて、右の目尻辺りにいきなり、唇を押し当ててきた男。
「ギャッ!?」
背筋がゾワッとし、迷うことなくカバンを放り出して、勢いよく振りかぶり平手打ちをしてやる。
パシーン!!
「おい、周防!? どうした、何かあったのか?」
カバンは落としたけどスマホは手放さず、そのままの状態をキープしていたので、電話の向こう側では、俺の身に何か起こったのが、雰囲気で伝わったのかもしれない。
男は叩かれた頬を摩りながら苦笑いを浮かべ、じっとこちらを見つめていた。
「大丈夫なのか? 返事をしてくれ!」
「……大丈夫だ、ちょっとしたアクシデントだから。人の心配よりも自分の心配しろよ。ちゃんと寝ておけ!」
慌しく低い声で告げ、プツッと通話を切り、こっちを見る男に改めて対峙する。ボサボサした髪型に、ちょっとサル顔っぽいトコは愛嬌があるような、ないような。
「綺麗な顔して、やること半端ないね、おにーさん」
「いきなり同性にあんなことされたら、誰だって拒否るだろ。殴られなかっただけ、あり難いと思え。俺はそっち側の人間じゃないよ。通ってる学校で相手捜しな」
へらっとした笑みを浮かべ、肩をすくめる男のあまりな態度に、顔を思いっきり引きつらせながら言ってやった。
放り出したカバンを手に取って苛立ちながら、バシバシッと土ぼこりをはらう。
「ウソついてもバレバレだぜ。野郎からの電話で、泣きそうな顔してたじゃん」
面倒くさいな、コイツ――
「ところで聞きたいことがあってさ。そこにある周防小児科医院って、イイ感じ?」
何をどう、イイ感じだと言えばいいんだ? 今時のガキは、何を考えているのか分からん。
「……知り合いの子どもが掛かりたいのか?」
「いいや、俺が掛かりたい」
「高校生ならもう、普通に内科に通える年齢だ。そっちにまわってくれ」
診れないワケではないが、病気の種類によっては、見過ごしてしまう恐れがある。市販薬の用量が十五歳以上から大人と同じ薬量になるので、普通は内科に通える年齢なんだ。
普段子どもを診慣れているから、病気の見過ごすリスクを考えると、コイツは微妙なんだ――パッと見、元気そうにしてるヤツほど、大病抱えていたりするし。
「もしかしてアンタが、周防 武?」
いきなり呼び捨てなんて、随分と生意気な高校生だな。
「そうだけど。どう見たってお前、病人には見えないツラしてるよね」
ちょっとだけ顔色が悪い感じなのは、成長期によくある貧血かもしれない。
「名医だって聞いたから、てっきりじいさんだと思ってた。綺麗な先生でラッキー」
「俺の話を聞いてなかったのか。だったらまずは、耳鼻科に掛かったらどうだ?」
「待ってくれって! 俺、本当に病気なんだよ、不治の病なんだ!」
必死な顔して、すがりついてくる姿に対し、不快感を示すように、はーっと深いため息をついてやった。
「不治の病なら尚更、ウチじゃあ診られない。他所をあたってくれ」
管轄外だと内心思いながら、すがりついてきた手を外そうとしたら、外されないように、ぎゅっと握りしめてくる。
「アンタじゃなきゃ、ダメなんだって」
「俺は町のお医者さん的な、小児科医なんだ。重病人は診られない」
「ああ、そうだよ重病人だわ。アンタに恋をした、一目惚れだから」
堂々と告げられた言葉に、一瞬息を飲んだ。が――
「大人をからかうのも、いい加減にしろっ!」
頭頂部をグーで殴りつけてやると、途端にしゃがみ込んで、でかい背中を丸めながら頭を抱える。
「いって~……。からかってなんかいないのに」
「お前は病人じゃない。ただの変態クズ野郎だ、もう顔を見せるなよ」
ムカつきながら靴音を立てて、立ち去った瞬間――
「…くっ、うぅっ……」
告げた言葉がキツかったのか、呻くような声が耳に聞こえてきた。どことなく気になって振り返ってみると、男は路上に仰向けになってグッタリしているではないか!
一瞬仮病を疑ったが、それにしては迫真の演技に見えたので、慌てて近寄ってみる。
「おい、どうした? どこか痛むのか?」
「む、胸が痛い……っ、息が出来な……」
カバンから聴診器を出すがもどかしくて、男の胸に耳を押し当てつつ、手首を掴んでみた。
――右肺はクリア、左肺は若干空気が通っているような感じだな。動悸と頻脈アリそして、呼吸困難ね。
「お前この発作、初めてか?」
「いいや、二回目。ケホケホッ!」
(――ったく面倒くさい。どうして今日は、デカい患者ばかり重症なんだよ)
「俺に掴まれ、病院に運んでやるから」
苦しそうに唸る男を背負って、自分たちのカバンを手に持ち、ヨロヨロしながら病院に辿り着いた。そのまま診察室に担ぎ込んでベッドに寝かせ、酸素マスクを装着する。
「俺の見立てだと、軽い自然気胸なんだけど。前の発作のときに、病院へ行ったんだろ?」
「ああ、その通り……さっすが……」
「医者から言われなかったか? 安静にしておけって」
「言われたから、さっき学校に休学届け出して、これから軽井沢の別荘に、養生しに行こうと思ったんだけど」
先ほどよりも楽になったのか、喘いでいた呼吸が変わり、顔色も良くなっていった。
そんな男の傍らに立ち、腕を組んで見下ろしてやる。俺の蔑んだ視線をまともに受けても、平然と笑いかけてきた。桃瀬といいこの男といい、無理をする患者ばかりでほとほと嫌になる。
「何で、ウチに来た?」
軽井沢の別荘ってやっぱり、裕福な家の育ちなんだろう。持っていたカバンも、ブランド製だったしな。
そう思いながら、診察室の隅に置いたカバンを横目で確認したのだが、別荘へ養生に行くにしては、小ぶりすぎやしないか? 通学するのに、支障のない大きさだぞ。
「妹が言ってたのを思い出して。周防先生に診てもらっただけで、風邪が良くなったって。だったら俺も診てもらったら、治っちゃうんじゃないかと思ってやって来た」
「患者の名前は?」
「プライバシー保護のため、お伝えできません、ご了承ください」
コイツ――
「だったらお前の名前を教えろ。一応診てやったんだ、カルテを作らなきゃならない」
「わん♪」
「は――?」
「わわん、わん!」
面食らった俺に満面の笑みを浮かべて、ワンワン言いだした男。この犬語を、何と訳せばいいんだ!?
「ふざけるな、ちゃんと日本語を話せ!」
「周防先生は、家の前に捨てられていた、可愛い犬を拾いました。あまりの可愛らしさに、飼うことに決めたのです」
どこが可愛いっていうんだ!? 見た目も中身も、全然可愛くないぞ!
「何、勝手なことを物語仕立てに言いやがって! お前のような、変態クズ野郎の面倒なんて、誰が見るか!」
「病気で苦しんでる患者を放り出すなんて、噂が流れたら大変だよなー。放り出すというより、ぽいっと見捨てる的な?」
「くっ……」
なまじ頭が切れるんだろう。大人の痛いところを、ズバッと突いてくる。
「軽井沢の別荘で発作が起きたら大変だから、ここで養生するよ。ヨロシクね、タケシ先生♪」
「――分かった。でも名前くらい教えろよ、何て呼べばいいんだ?」
「わん♪」
あくまでも口を割らないつもりか。それなら――
「だったら、飼い主になる俺がつけてやる。四択にしてやるから、そこから選べ」
「わん……」
顎に手を当てて、考えること数秒。ワクワクした眼差しでこっちを見やる視線に、ニッコリと笑いかけてやった。
驚くがいい――この中から選ばなきゃならないんだからな。
「ボサボサ・サル・太郎・坊ちゃん」
「……って何だよ、それ!?」
「それが嫌なら、自分の名前を言え」
見たまま、感じたままを名前に当てはめてみた。絶対に嫌がるであろうことが分かるので、名前を名乗るしかないだろ。
「ちくしょう! 太郎でいいよ、もう!!」
ええっ!? そんなに名前、言いたくないのか?
「だったら太郎、シャツを脱げ。きちんと診察してやる」
――やっぱり、面倒くさいヤツ!
顔を引きつらせつつ、自分のカバンから聴診器を取り出し、いつものように耳に装着する。渋々振り返るとネクタイを外して、ワイシャツを肌蹴た太郎が言った。
「診察終わったら、このまま抱いてあげるけど、どうします?」
「やっぱ耳鼻科に行け。人の話をよぉく聞こえる様に左右の耳の穴、貫通してもらえ」
安静にしろと言われてるクセに、何なんだコイツ。ヤることしか、考えていないのか……
「耳の穴よりもタケシ先生の穴を、貫通してみたいなと思いまして」
ゲッ! 面倒くさいヤツよりもヤバいヤツを、家に入れてしまったかもしれない。
「そんなこと思うな、考えるな、想像するな! 俺はソッチの気はないんだ。気色悪い……」
貞操の危機だぞ、これは――
震える手で聴診器を使い、診察しながら考える。自然気胸が早く治る薬と言って、眠剤を渡して安らかに眠らせてやろう。正当防衛だ、これは!
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