18 / 128

Love too late:偽りの恋(太郎目線)3

***  朝もやのかかる中ぼんやりと歩いていて、ふと思い出す。小学五年生になる、年の離れた妹が言っていた。 「風邪を引いて周防先生に診てもらったら、ちょちょいのちょいって、魔法で治してもらったの。すごいお医者様なんだよ」  風邪をどうやって治したのかは不明だけど、とにかく治ったっていうんだから、すごい技を使ったのかもしれない。 「――探してみる価値、あるかもしれないな」  こうして俺は、周防と名のつく病院を、スマホで検索しながら探してみた。  そして探し歩いた先に『周防小児科医院』があったのだが。考えたら小学生は、小児科なんだよな。俺のような高校生、診てくれるんだろうか?  しかも―― 「午後から休診ってそっか……土曜だったもんな」  とにかく俺は患者なんだ、出待ちしてやれ! そんな意気込みだけで待つことにした。 途中親から、連絡が入ったけど―― 「自分で信頼する医者を探したから、そこで治療する」  なぁんて言い放ち、電話を切ってやる。自分の人生は自分で決めたい、だって俺のものなんだから。  そんな決意を新たに、右手の拳を強く握りしめたとき、その人は突然現れた。  角から出てきたその人は、暗い色の茶髪を風になびかせ、綺麗な顔を今にも泣き出しそうな表情で、電話をしながらこちらに向かって歩いてくる。  右目尻にある泣きボクロが、すっげーセクシーだ。感じさせて泣かせてやったら、もっと綺麗に見えるかも。  そんなことを考えつつ視線を飛ばし続けたら、やっとこっちを見、眉根を寄せる。  その綺麗な顔を、もっと近くで拝んでみたい――そんな軽い気持ちで、ゆっくりと近づいてみた。やがて向かい合ったとき、悲壮な眼差しが俺を捕らえる。  やっぱ綺麗―― 「そんな寂しそうな顔して、泣かないで?」  この人の笑ったところを見てみたい。  そう思いながら、右目にある泣きボクロに、そっとキスをしてあげた。 「ギャッ!?」  ありえない悲鳴をあげ、思いっきり平手打ちを食らう。ここまで見事に、スパーンと叩かれたことがなかったため、直接受けたダメージが半端ない。  しゃがみ込んで、痛む頬を撫でさするしかない状態とか……  電話の相手は男からだった。キスをしたとき声が、漏れ聞こえてきたから分かったのだが。別れ話でもしていたんだろうか? 「……大丈夫だ、ちょっとしたアクシデントだから。人の心配よりも自分の心配しろよ。ちゃんと寝ておけ!」  強い口調で言い放ち、さっさと電話を切る。そして座り込んでる俺を、軽蔑した視線で睨んできたけど、負けじと素直に思ったことを、口にしてやる。 「綺麗な顔して、やってくれること半端ないね、おにーさん」 「いきなり同性にあんなことされたら、誰だって拒否るだろ。殴られなかっただけあり難いと思え。俺はそっち側の人間じゃないよ。通ってる学校で相手捜しな」  誤魔化すように咳払いをし、落としたカバンを拾って汚れをはらう姿に、ほくそ笑みを浮かべてやった。 「ウソついてもバレバレだぜ。野郎からの電話で、泣きそうな顔してたじゃん」  ガキだからって、誤魔化せると思ったら大間違いだ。それとついでに―― 「ところで聞きたいことがあってさ。そこにある周防小児科医院って、イイ感じ?」  俺の言葉に、猜疑心を含んだ眼差しで見つめてくる。 「知り合いの子どもが掛かりたいのか?」 「いいや、俺が掛かりたい」  ニコニコしながら言ってやると、あからさまにイヤそうな表情を浮かべた。 「高校生ならもう、普通に内科に通える年齢だ。悪いがそっちにまわってくれ」  ――このセリフって、まさか! 「もしかしてアンタが、周防 武?」 「そうだけど。どう見たってお前、病人には見えないツラしてるよね」 「名医だって聞いたから、てっきりじいさんだと思ってた。綺麗な先生でラッキー」 「俺の話を聞いてなかったのか。だったらまずは、耳鼻科に掛かったらどうだ?」  ケッと舌打ちしたろ、心の中で! 何となく分かったぞ。 「待ってくれって! 俺、本当に病気なんだよ、不治の病なんだ!」  ちょっと細みな体にすがり付いたら、眉間に深いシワを寄せて、不快を示すようにため息をつかれた。 「不治の病なら尚更、ウチじゃあ診れない。他所をあたってくれ」 「アンタじゃなきゃダメなんだって」 「俺は町のお医者さん的な小児科医なんだ。重病人は診られない」  ――重病人……今の俺にピッタリな言葉じゃないか。 「ああ、そうだよ、重病人だわ。アンタに恋をした、一目惚れだから」  最期に恋をするなら、目の前にいる綺麗なこの人がいい――これから俺は、アンタをもっと好きになる。睨まれていてもドキドキと高鳴る、この胸の音を聞かせてやりたい。 「大人をからかうのも、いい加減にしろっ!」  容赦なく頭をグーで殴られた。 「いって~……からかってなんかいないのに」 「お前は病人じゃない。ただの変態クズ野郎だ、もう顔を見せるなよ」  変態クズ野郎と罵られても、絶対に諦めない。病人として出逢ったからこそ、運命を感じた。きっと運命が、俺たちを引き寄せたんだ!  俺の前を去って行く冷たい背中に向かって、いろいろ考えてるとタイミングよく、自然気胸の発作が起きる。  医者として、病人を見過ごすことは出来ないだろう。俺はそれを使って、アンタの傍にいてやる。そしてありとあらゆる手を使って、落していってやろうじゃないか。  偽りじゃない、本当の恋がしてみたい。ほんの一瞬でもいい、傍に居られた証を――アンタに、俺の愛をくれてやる。消えることの無いキズとして。  本気で怒りながら俺を診察するタケシ先生の顔を見つめ、本当の愛についてぼんやりと考えた。

ともだちにシェアしよう!