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Love too late:押し付けられるキモチ2

 渋々着替えて行き着いた先は、行ったことのある公園の高台だった。 「秋は夕暮れって、清少納言が言ってたろ。だけど俺は、朝焼けだって思うんだ」  まるで自分が直接、清少納言から聞いたように語りだしてきたけど、眼下を望む町並みは、夜明け前の見慣れた景色が、ただそこにあるだけで。  ――別段、特に変った様子もないんだけど! 「これのどこが、後悔させないものなんだよ。夜景の方が、もっと綺麗だったぞ」 「もう少し……」  空は白み始め、徐々に太陽の光が見え始めたとき。突然、右手をぎゅっと握られた。 「おい、コラ――」  眉根を寄せ、太郎に向かって苦情を言おうとしたら、目を細めてふっと笑みを浮かべ、俺の顔を見てから顎で景色を指す。 「黙って見てなって。日の出とともに侵食していく、太陽の赤い色が、何とも言えなくてさ。夕日の赤い色とは違う、透明感のある綺麗な赤い色なんだよ。なんつーか一日の応援を、町に降り注いでるって感じなんだ」  確かに、見慣れた景色が言われたとおりに、澄んだ緋色に染まっていく。  最初から真っ赤ではなく、少しずつ赤く染まっていく様を、握りしめられた手を振り解くのを忘れ、じっと見入ってしまった。  しかし朝日って、こんなに眩しかっただろうか? 光が体に、グサグサッとつき刺さってくる感じがする。  そういや、桃瀬が言ってたっけ。徹夜明けで職場から見る朝日は、すっげー最低だって。まるで自分が、ドラキュラになった気分になるとか、何とか……  目にする景色に感動しつつも、ちゃっかり自分の年を地味に考えさせられた。残念すぎる。心から清々しく思えないって、一体―― 「な? すげー綺麗な景色だろ」 「ああ、すげーすげー」 「何だよ、その棒読みみたいな口調。せっかくこの感動を、一緒に分かち合いたかったのに!」 「赤に対する、認識の違いからだろうな。いい加減、この手を離してくれ」  目の前に持ち上げて、わざわざ見せたのだが、離すどころか更に握りこんでくる始末。 「タケシ先生にとっての赤ってやっぱ、救急車の警光灯の色とか赤十字の色だから、イヤな感じなのか?」 「まぁ仕事柄、医療従事者として赤は、緊急の治療を要する色だけどね。個人的には、嫌な感じではないけど」  災害や大事故で大勢の患者が出た際、治療の優先順位をつけるタグを付ける。黒・赤・黄・緑の色で、それぞれ振り分けられるんだ(黒は治療不能か死亡で付けられる)  太郎の色は、きっと黄色に分類されるだろうな。今のところ俺の見立てからは、そのレベルでしか測れない。病院に着いてから軽く診察したとき、脈を測ろうと首を触ったら、指先に感じた違和感――  バイタルを見るからと、無理矢理採血した結果が、明日病院に届く。その結果によって治療は、赤に移行するだろうな。  横にいる太郎をそっと見上げる。相変わらず能天気な顔して、朝日に照らされる町並みを、じっと眺めていた。  太郎の姿も太陽の光を受けて、生き生きと輝いてるように見える。それは今だけかもしれない―― 「なぁお前さ、気胸以外の病気を持ってるの、分かっているだろ?」 「だったら、何だって言うのさ?」 (素っ気ない声色が、図星の証だ) 「人は生まれた瞬間から、寿命という名の砂時計が、サラサラと落ちていく。事故や病気で砂の落ちる速度は、そのつど変わっていくけどな」 「へえ……」 「治療の出来る病気を放置したら、砂がどんどん落ちていくだけなんだよ」  語気を強めて言ってみたというのに、どこかへらっとした笑みを浮かべて、横目で俺を見た。 「だから、アンタのトコに来たんだって。俺の病気を治してよ、タケシ先生」 「それは無理だ。ウチの病院じゃ検査が精一杯で、悪いが治療まで手は回らない」 「だったら――」  言うなり握っていた手を引き寄せ、ぎゅっと体を抱きしめられる。 「付き合ってくれたら、治療を受けてあげてもいい」 「太郎、テメェ!」  どことなくコイツなら、そんなことを言うような気がしたんだよな。  無理矢理に抱きしめられたせいで、両手を塞がれている今、自由に使えるのは足のみ――迷うことなく太郎の足先目掛けて、思いっきり踵を踏みおろしてやった。 「痛っ!!」  放り出してくれた自分の右手を振りかぶり、遠慮なくパーで頭を叩いてやる。 「あだっ! 何すんだよ、もう!!」 「それはこっちのセリフだ、ませガキがっ。頭だけじゃなく耳も悪いだろうから、近くで言ってやるよ、よぉく聞け!」 「いたたっ……」 「お前の命はお前のものだけどな、ここまで大きくしてくれた、親御さんのものでもあるんだっ」  容赦なく、ぐいぐいっと耳たぶを引っ張ってやり、ものすごくデカい声で言ってやった。 「んなもん、知らねぇし……」  反発した言葉に対して、耳たぶをこれでもかと引っ張って応戦。 「うわっ! 痛いって、引きちぎれちまう!」  ――黙って、聞いてろ! 「俺は小児科医として、病気の子どもを連れて来る、親御さんを見ているから分かるんだよ。目の下にクマ作って一生懸命に看病して、ヘロヘロになってるんだ。特に免疫力のない、小さな頃なら尚更だ。それを乗り越えてお前は、ここまで無事に大きくしてもらったんだぞ、あり難く思えよ!」 「……あり難く思っても、どーせ俺、死んじまうんだろ。無駄じゃね?」 「現代医療を舐めるな。きちんと治療をすれば助かる病気だ。無駄死にしたくなかったら、さっさと他所の病院に行って、ちゃんと治療を受けろ」 「タケシ先生が付き合ってくれなきゃ、治療は受けない」 (ここまで言ってるのに、どうしてコイツは分かってくれないんだ) 「いい加減に――」 「はじめは、見た目が好みだったから声をかけた」 「は……?」  掴んでいた俺の手を振り解き、太郎はそっぽを向いて、昇ってきた朝日にそっと腕を伸ばす。 「その後、病院でイヤそうな顔しながらも、俺のことをちゃんと診てくれたろ? そのときタケシ先生から、まばゆい光が見えたんだ。この太陽みたいに、あったかい光がさ」  伸ばした右手で、太陽をぎゅっと掴むように握りしめた。 「自分の病気を知って、あとどれくらい生きられるんだろうって、いろいろ考えながら、今までしてきた最低なことも考えさせられてさ。すっげぇ真っ暗闇の中にいた俺を、アンタは明るく照らしてくれたんだ」 「あっそ。反省したのなら、今までの行いを改めてやり直すべく、治療を受けなさい」  俺はいつも通りに患者を診ただけだ。神様仏様のように、キラキラ光った覚えはない。  どこまでもドライな対応をしてやると、朝日に向かって伸ばしていた腕を下ろし、寂しげな表情を浮かべて俯いた太郎。  とっとと諦めて、治療を受けろってんだ。 「……絶対にイヤだ」  両拳を握りしめ、挑むようにこっちを見ながら、ギリッと唇を噛みしめる。 「アンタと付き合えないなら、死んだほうがマシだ!」 「おい――」  命を粗末にするな、そう言いかけたとき。 「好きなんだよっ! もうワケ分かんねぇくらいタケシ先生のことが、めちゃくちゃ好きなんだ!」  顔をこれでもかと真っ赤にしながら、太郎に告げられた愛の告白に、ちゃんと返事をせねばなるまい。そして何とか治療をさせるべく、きちんと説得しなきゃ。  俺なんて大事な命を掛けられるような、いい男でもないのに―― 「悪いがお前は、すべてにおいて対象外だ。男だしガキで自己中で、KYな上にサル顔は正直、好みのタイプではない」 「え……」  どうだ、どんなにバカでもこれだけ言えば、自分は無理だと理解出来るだろう。他に好きなヤツがいると言うよりも、はっきり無理だと分かれば、簡単に諦めがつくはず。  軽くため息をついてゆっくりと腕を組み、仕上げの言葉を言おうと、口を開きかけた瞬間―― 「……諦めねぇ」  地の底から聞こえてくるような、低い声で告げられた太郎の短いセリフが、まるで呪いの言葉のように聞こえた気がした。 「はい?」 「タケシ先生の好みのタイプじゃないなら、好みのタイプになるように洗脳してやる!」  おいおいちょっと待て。洗脳ってお前は何か、宗教でもやっているのか!? 「そんでもって好きになるように、仕向けてやるから。絶対に好きって言わせてみせるぞ!」  諦めの悪いやつ――つか呆れすぎて言葉にならない。だがここは多少折れてやるしかあるまい。バカなヤツだが命が掛かってるんだ、大目に見てやらねば。 「太郎お前その前にさ、病気の治療しろよ。治療したら、いくらでも構ってやるから」 「イヤだね。治療してる間タケシ先生に恋人出来たら困るし、大人は平気でウソをつくから」 「だったら誓約書でも、何でも書いてやるから……」 「病気が治るって保障が、どこにもないだろっ! 何でそんな約束出来ないことを、簡単に言うんだよ」  痛いところを突かれ、口をつぐむしかなかった。 「俺にとって、最期になるかもしれない恋なんだ。簡単に諦められるワケないだろ……」 「――無理なものは、無理なんだ」  そう俺には好きなヤツがいる。絶対に、両想いになれない相手だけど……  沈黙の続く中、昇りきった朝日が俺たちを眩しい光で、明るく照らしていく。 「お前みたいに面倒くさいヤツが、一番嫌いなタイプだしな」  吐き捨てるように告げた言葉を受け止めたのか唇を尖らせ、ふて腐れた表情を浮かべた太郎。  しかし最後まで、治療を受けると言ってはくれなかった。

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