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Love too late:防戦8
ずいっと迫ってくる、太郎の顔。
――このまま太郎にキスされて……そして好きになることが出来たら、随分と楽になるのにな。
脳裏を過ぎった浅はかすぎる考えは、瞬く間に消え失せた。現実的に無理な話に、うんと嫌気がさし、眉根を寄せながら左手で太郎の顔面を、ぐいっと強引に押し退けてやる。
「襲うんじゃねぇよ。ふざけやがって!」
「……っ、ケチッ」
唇を尖らせ、履いてるジーパンの後ろのポケットに無造作に手を突っ込み、どこかに歩いて行ってしまった。未成年を無闇に、ウロウロさせるワケにはいかない――
面倒くさいと思いながら、急いで後を追いかける。
「――ここ、見晴らしがいいぜ。タケシ先生」
早く来いといわんばかりに、俺のところに戻って来て、腕を引っ張り連れられる。そこは高台の一番左端の場所で、いい感じに街が一望出来た。
街頭のひとつひとつが煌いていている様子に、思わず目が奪われる。
その綺麗な景色を見ようと、身を乗り出して柵に両手をかけたら、唐突に肩を抱き寄せられ――
「……そっち、足元窪んでるから、あぶねぇよ。ここからでも、綺麗な夜景が見られるからさ」
俺の右側に、そっと寄り添う。
崖下から吹き上げる風がかなり冷たかったのに、コイツがいてくれるお陰で、体半分だけあたたかく感じた。
そのあたたかさが、何だか嬉しくて……肩に回された腕を、振り解くことが出来なかった。
「太郎、教えてくれないか。どうして今まで、俺に手を出さなかった?」
勝手にベッドに忍び込んだり、隙があればいきなり抱きついてきたりと、いろいろしているのに、拒否ればそれ以上のことをしてこなかったのが、俺としては不思議だったのだ。
「そりゃあ、好きになってもらいたかったから、さ」
「何だそれ?」
「だってさタケシ先生、俺のこと嫌ってるじゃん。イヤなことして、それ以上嫌われたくないし、それに――」
「うん?」
「体だけの関係なんて、虚しいだけだしさ。俺としては、タケシ先生の全部が欲しいって思ってるから」
肩に回されてる指先に、ぎゅっと力がこもる。
「高校生のガキが、使う言葉じゃねぇな。どんだけお前、遊び倒してるんだよ」
体だけの関係が虚しいなんて、普通の高校生が使うワケがない。呆れながら指摘すると、視線を逸らして、あっちを向いた。
ここははっきりと、コイツの容姿について意見してやろう。俺の考えを知れば、諦めてくれるかも。
なぁんていう辛辣なことを考え、口にしてやる。
「確かに高校生にしちゃ、大人っぽいトコ多少はあると思うが、モテる要素があるとは俺として、どうしても思えないんだよな」
体に触れたときに限って何かしら、胸やけがしそうな甘い言葉を口にしたり、そういう場慣れしてるんだろうなと、容易に想像がついたのだが――
「タケシ先生さりげなく、俺のことをけなしてるだろ。これでもいろいろあって、モテまくってるんだけどさ」
「いろいろねぇ……ツラだってサル顔だし、見たまんまチャラそうだし、無駄に押しだけ強いし、正直いいところがないだろ」
そっぽを向いてる太郎を、じと目で見てやると、対抗するように流し目をしながら、上から目線で俺を眺めてきた。
「来るもの拒まず、去るもの追わずってね。あ、サル顔だからじゃないぞ」
「何だそれ」
「それに、押しが強いのはタケシ先生だけ。初めてなんだよ、自分から迫ったのは」
「はっ、ウソ臭い話だな……」
一瞬だけ、胸がドキッとした。それを誤魔化すべく、あからさまに視線を逸らしたら、わざわざその視線を追いかけるように、太郎がそっと顔を寄せる。
「ウソじゃねぇよ。初めて感じた自分の気持ちを伝えたとき、すっげぇドキドキしたしさ。タケシ先生に出逢って、本当に良かったって思う。こんなに大変なことを知らないで俺は今まで、いろんなヤツの気持ちを、散々弄んじゃったんだなって、いろいろ考えさせられて、後悔しまくったよ」
俺の顔を覗き込みながら告げた言葉に、何だかわたわたする。
「ちょっと近い。離れろ……」
「テレちゃって、すっげぇ可愛い」
「お前相手に、照れたりしないよ。それに自分の素性を明かさないヤツの言葉を、簡単に鵜呑みに出来ないしな」
太郎と視線を合わせずに、夜景を見ながら言い放ってやると、無言で顔の位置を元に戻した。
雰囲気は正直、あまりいい感じじゃないがここは思いきって、そろそろ告げたほうがいいだろう。
「あのさ太郎……」
視線を、夜景から肩に回されてる手に移す。代謝がいいのか、とてもあたたかい――服の上からでも、手のひらの熱がじわりと伝わってきた。
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