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Love too late:防戦9

「そろそろ、好きになってくれた?」 「――違うよ、お前の病気のことだ」 「治療は受けないから……」  掴まれてる太郎の手に自分の手を重ねると、外されると思ったのか、痛いくらいにぎゅっと肩を掴んできた。 あたたかくて力強い手のひらは、太郎が生きてる証なんだ。 「分かっているんだろう? 自分が癌だって」 「ガァン」 「ふざけんなっ! 真面目に聞けよ!」 「……マジメにしてられるかよ。ふざけてでもいないと、気がおかしくなりそうだ」  太郎の手を、これでもかと握りしめてやる。 「痛みは伝わってるか? お前が生きてる証拠だ」  ついでに反対の手で太郎の頬を、ぎゅっとつねってやった。 「ちょっ、マジで痛いってば!」  ムッとしながら俺を見下ろす顔を微笑んで、じっと見つめ返してやる。そして頬をつねっていた手を、静かに首筋に移動させた。 「ここにある甲状腺というところが、癌に侵されているんだ」 「前立腺じゃなくて、なにより……っ、いて!」  無言で太郎の頭を、ぐーで殴ってやる。コイツのバカさ加減には、ほとほと呆れ果てるしかない。その気持ちは、分からなくはないのだが―― 「甲状腺というのは、ホルモンを出す器官で、お前みたいな子どもには成長ホルモンを出し、大人になったら新陳代謝の調節するという、大事な働きをしてくれるんだ」 「へえ、そこが病気になったら大変だな」 「人の体に、不必要な器官なんてないものだから。バランスよく、それぞれが働いているものさ」  たとえその器官が、何らかの病気で機能出来なくなったとしても、補ってくれる臓器はあるものだし、薬でどうにかなるものだ。 「癌にも、いろいろパターンがある。インフルエンザにも、A型やB型があるだろう?」 「そうだな……」 「お前の癌のパターンは、おそらく進行性の早いものじゃないと、俺は思ってる。きちんと治療をすれば、二十年の生存率は、八割以上というデータもあるくらい、治癒率は高いんだよ」  ――まずは細胞診をすべく、いろいろ検査をしたい。 「早めに手術をして、甲状腺の半分……いや3分の1くらい残すことが出来れば、ホルモン剤の薬を飲まなくても済むから」 「俺、実はちょっとだけ、タケシ先生を信用してないトコがあるんだ」  言いながら、疑いの眼で俺の顔を見た太郎。 「……何だ?」 「自然気胸だって薬、夜に渡していただろ。あれって、眠剤なんじゃね?」 ( ギクッ!) 「普段、寝つきが悪いのにあれを飲むと、異常にぐっすり寝られたから。まぁ二日目から飲んだフリして、上手いこと飲まなかったけどさ」 「あれは、その……正当防衛みたいな」  しまった――医者と患者の信頼関係が、面白いくらいにガラガラと崩れていくじゃないか。 「なので治療拒否するから、あしからず!」  俺を放り出すように手を離し、ひとりきりでさっさと高台から降りていく背中を、黙って見つめることしか出来なかった。 「……参ったな、どうすりゃいいんだ」  自分がしてしまった過ちを、今更後悔しても、どうにもならない。 家に帰る道中、太郎の背中を追いながら、今後の対策を考えてみた。 「患者である太郎の希望を、最優先に考えて恋人になってやる……」  これが一番、手っ取り早いんだけど――太郎と恋人同士になった絵面を思い浮かべただけで、ぞわぞわっと悪寒が走るんだ。報われない恋に嫌気がさし、無謀にもうんと年下の高校生に、手を出しちゃいました。  なぁんて、もうひとりの自分が耳元で囁くような気がする。 「違うっ、違うんだ。そうじゃない!」  頭を抱えながら歩く俺は、傍から見たら、可笑しな人にしか見えないだろうな。でも、頭を抱えずにはいられない難題だ。 (医者として純粋に、患者を助けたいだけ。人恋しくなったからって、身近にいる太郎なんか、絶対に好きになれないし)  正直、羨ましいと思った。桃瀬と涼一くんが相手を思い遣って、視線を合わせる姿――傍にいなくても、お互いに心を通わせていて、想い合ってるのを垣間見て、すっごく悔しいと感じた。  そしてさっき――高台の崖で太郎が寄り添ってくれたとき、不覚にもそれほど不快に思えなくて。こんな自分に想いを寄せることが、奇跡というか何というか。 「桃瀬から太郎に、簡単にシフトチェンジ出来れば、問題は解決するんだけどね……」  深いため息をついて目の前を見てみると、病院前の塀に寄りかかり、ぼんやりと夜空を見上げる太郎。そんなアイツを無視し、さっさと傍を通り過ぎて、玄関の鍵を手早く開け、中に入ろうとした刹那―― 「んんっ……!?」  一瞬、何が起こったのか分からなかった。ぐだぐだな思考と一緒に、無理矢理な感じで、呼吸が奪われている自分。  背後から音もなく太郎が、俺の体をぎゅっと掴んで、掠めとるようにキスをしてきたから。  時間にしたら、ほんの数秒だったと思う。呆気にとられた俺を上から見やり、へらっと意地悪く笑いかけてきた。 「俺を騙したバツ。ご馳走様でした、タケシ先生」  言いながら脇をすり抜け、さっさと先に家の中に入って行く。 「おい……」 「やっぱ好きなヤツとキスするのって、すっげぇドキドキするんだな。しかもタケシ先生の唇、思ってたよりも柔らかくて、俺ってば溺れちゃうかと思った」  照れた表情を浮かべ、頬を染めながら言い放つと、さっさと二階に上がってしまった。俺はドキドキよりも―― 「イライラという感情が、沸々と湧き上がったんだけど。手を出さないって、言った傍からお前はっ!」  ――すべては隙を見せた、自分が悪いのだが……  またしても太郎にしてやられ、怒りながら頭を抱えるしかなかった。

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