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Love too late:防戦12
***
患者さんの検査待ちの合間に、診察室の壁からコッソリと、太郎の様子を窺ってみた。
待合室にいる子どもたちに囲まれながら、楽しそうにスケッチブックを手に、何かを描いているようだ。
「あらあら。そんなとこから覗いてないで、太郎ちゃんの傍に行けばいいのに」
背後から、村上さんが声をかけてくる。
「でも気が散ったら、その……迷惑かけるだろうし」
「子どもたちだけじゃなく、周防先生にも絵、褒めてほしいと思っていますよ。きっと」
脇をすり抜けながらクスクス笑って、通り過ぎて行った。
(――そんなもんかね)
そう思ったとき待合室に桃瀬がやって来て、子どもたちの脇から声をかける。フレンドリーな桃瀬に対し、仏頂面の太郎。まぁしょうがないだろう。アイツは俺の想い人だしな。
そんなふたりを眺めていたら、ゆったりとした足取りで診察室前にいる、俺のところにやって来た。
「何やってんだ、こんなところで」
「ももちん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
視線を太郎にロックオンしたまま、しっかり訊ねてやった。
「バテる前に周防スペシャル、打ってもらおうと思ってさ。お礼にならないかもしれないが、涼一と作った餃子、勝手に冷蔵庫に入れておくぞ」
「ありがと。何だか愛情がたくさん、こもっていそうだね。ご馳走様」
(やれやれ相変わらず、仲がよろしいことで)
苦笑いして桃瀬を見ると、いきなり難しそうな表情を浮かべ、ぎゅっと眉根を寄せる。
「顔色、あまり良くないな。大丈夫か、周防?」
心配そうな顔して、じっと見つめられると、どうしていいか分からない。思わず隠すように、顔を俯かせてしまった。
「いろいろ考えることがあってね。困り果てたら、ももちんに相談するよ」
何とか笑顔を作って、桃瀬を一瞥してから診察室に戻る。体を投げ出すように椅子に座り、天井を仰ぎ見た。
「……相談出来たら、とっくにしてるよな」
親友だからこそ、伝えられないこの気持ち。そして太郎の病気のこと。この件に関しては、医者の俺と患者である太郎の問題で。何とかしなきゃいけないのは、自分自身なんだ。
何とかしたいのに時間だけがどんどん過ぎ去って、太郎の命を削っている。俺が太郎のことを好きになり、この身を捧げればいいだけなのにな――
机に頬杖突いて、どうすりゃいいのか思案していると、女のコが泣きながらいきなり入ってきた。
「うわぁん、すおー先生っ!」
「どうしたの? 誰かに、いじわるでもされたの?」
小さな体をぎゅっと抱きしめてやり、落ち着かせるべく、頭を何度も撫でてあげた。
「桃瀬のお兄ちゃんが、お願いしたドラ○もん、描いてくれたんだけど、全然違う絵になってて、すっごく怖かったの……」
あぁ……どんなものになったのか大体想像つくよ。顔はいつもの人間離れしたゲテモノで、可愛らしさの欠片もないだろうな。
涙を優しく拭ってやり、仲良く手を繋いで待合室に顔を出した。
「ちょっと、ももちん! 患者さんを泣かせるとか、何やってんの!」
子ども同士のケンカならいざ知らず、大人のお前が小さな子どもを泣かせて、どうするんだか。
「いや、その、な。リクエストに応えただけなんだが」
「見せてみなよ、まったく――」
プンプン怒りながら、桃瀬の目の前で手を腰に当てて立ってみせると、困った顔して描いたものを手渡してきた。
「何この、軟体動物が玉乗りしてる絵は?」
「う……スポーツカーです」
どこからどう見ても蛇か何かが、玉乗りしているようにしか見えない。
「ドラえも○は想像ついたよ。ももちんの描く絵は、いつも顔が同じだからね。愛らしいキャラクターが、見事に台無しだわ」
俺の言葉にショックを受けた桃瀬は、ガックリとうな垂れた。
「ももちんは、ここで絵を描くのは禁止! 病気の子どもたちを、これでもかってくらい、不安にさせるからね」
強い口調で言ってやり、ついでに隣で描いていた太郎のスケッチブックを、チラリと覗いてみる。
(桃瀬の倍は、上手いじゃないか)
そこにはちゃんとしたドラ○もんが描かれていて、その横には空を飛びそうな格好いい車が、どーんと描かれていた。
何故に桃瀬、こんな絵を描く太郎に対して、無謀にも立ち向かったのか――まぁ昔から、負けず嫌いだったもんな。
肩を竦めながら深いため息をついて、とぼとぼと診察室に戻る。
『子どもたちだけじゃなく周防先生にも絵、褒めてほしいと思っていますよ。きっと』
村上さんが言った言葉が、突然ふっと頭を過ぎった。
しまった――桃瀬のやらかした失態についイライラしちゃって、太郎に声をかけられなかったじゃないか!
「ホント何やってんだよ、タイミングが悪い……」
こういう小さな積み重ねがすごく大事だって、痛いくらいに分かっているのに、ままならない自分が悔しくてならなかった。
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